夜道を歩く
「おい、待てよ楓」
「待てない」
コートを着て外に出ようとする楓を、相馬が腕を掴んで止めている。
「確かに連絡がないのはおかしい。けど、お前まで二の舞いになったらどうするつもりだ」
「英治のことだけじゃない。英治が敵わないとなれば、一般市民も危ないのよ」
「それはそうだが、お前はもう二児の母だ。もう少し落ち着きをだな……」
「こんな時に落ち着いていられるか!」
楓は、相馬を振り切って外へ向かって歩き始めた。
「まあ、待て。俺に考えがある」
相馬はそう言うと、ポケットからスマートフォンを取り出した。楓は足を止めて、振り返る。
相馬はスマートフォンを操作すると、耳にくっつけた。電話をかけているらしい。
「ああ、小豆か? 今日は俺も楓も残業が入って帰れない。有栖と一緒に料理作っといてくれるか?」
小豆が料理が得意とは聞いた覚えがない。
それでも相手は了承したようで、相馬は頬を緩めた。
「ああ、ああ、頼んだ。じゃあ、程々に帰る」
そうして、相馬は電話を切った。
「俺もついていくよ。触手が厄介な敵らしいから、遠距離狙撃型の俺でも役に立つだろう」
そう言って、相馬は警察署の外まで移動して楓を抱きかかえると、高々と空を飛んだ。
「見えるか?」
「暗くてよく見えない」
「俺にはよく見える。空を移動しつつ敵を探すぞ」
「了解」
楓は相馬の協力を信じたようで、大人しく従った。
+++
「待ってましたよ、翠さん」
そう言って、アラタは体を起こした。
場所は、病室。
響が椅子の上で舟をこいでいる。
「異常は?」
「全身の痺れと、手に力が入らない」
「重症ね。触手の残骸が毒を放っているのかしら」
「でしょうね」
アラタは、そう言って、翠に手を差し出した。
「お願いします、翠さん」
「わかった」
翠は、自分の胸の少し前の空間を掴んでなにかをつまみ上げると、アラタの手に託した。
その瞬間、アラタの中に新たな力が湧き上がってくる。
アラタは、短刀を握りしめると、自らの腹に突き立てた。
「不条理の力、応用、中断ち!」
肉の焼ける臭いが周囲に漂い始める。これはただの短刀ではない。翠から借りた炎の力を籠めた短刀なのだ。
そして、アラタは短刀を腹で一回転させた。
短刀を抜くと、そこには傷跡一つない。
「よし……」
脂汗だらけの表情で満足気にそう言うと、アラタは枕に後頭部を埋めた。
翠は慌てて治癒のスキルを使う。
アラタの表情が徐々に和らいでいく。
「今回の敵には俺の力が必要だと思うんです」
アラタは、意を決したように言う。
「病み上がりで大丈夫なの?」
翠は懐疑的だ。
「歩きましょう。夜道を。僕達にスキル『主人公』が本当に備わっているなら、会えるはずだ」
「私はあるかどうかわかんないんだけどね」
翠はそう言いつつも治療を続ける。
「まあ、乗りかかった船だ。付き合うよ」
翠は穏やかに微笑み、それにほだされたようにアラタも微笑んだ。
第十話 完
次回『目撃証言』




