鳴らない電話
「外に異常はないよ。もうちょっとパトロールしたら帰ろうと思う」
英治はそう言って、電話を切った。
電話越しでも楓の声には心が弾む。
たとえ、それが許されない感情だとしても。
ベンチから立ち上がり、再び歩き始める。
一見平和に見えるこの町に、その肉塊とミカが潜んでいるのだ。
そう思うと、背筋が寒くなる思いだった。
死んでいなかったら、自分はどうしていただろう。そんなことを、英治は思う。
今のインフレ具合にはどの道ついていけてなかったから引退していただろうな、ということを思う。
ただ、その場合は一緒に抜けようと誘う相手がいたはずだ。
楓。
その女性が、英治を縛り付けている。
その時、英治は怖気を感じた。
周囲に人気がない一本道だった。その両側には畑が広がっている。
「……しい」
背後から声がする。
英治は振り返った。
そこには、横幅が四メートル、縦幅が二メートルぐらいの肉塊がいた。
英治は手に炎を呼び出す。
「成長しすぎだろ!」
そして、英治は火球を放つ。それは見事に、肉塊の中央を射抜いた。
その途端、十数人分の絶叫が周囲に響いた。
「痛い!」
「熱い!」
「やめて!」
肉塊の中から複数の人々が悲鳴を上げているようだ。
そして、英治はそれを見て愕然とした。
バックのように開いた肉塊の中身。その中には、肉塊に手足を拘束された人間が沢山いた。
「感覚を、共有しているのか……?」
「ええ。あなたもその仲間入り」
背後から、声がした。
未知の力に吹き飛ばされる。
そして、英治は肉塊に抱きとめられていた。
振り返ると、そこには微笑んでいるミカの姿があった。
英治の意識は、徐々にまどろんでいった。
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「こりゃ根っこを断たないと駄目だね」
病室で、アラタを見た医療術者はそう言った。
「相手は魔法生物でもなんでもなく、一個の生命体として存在してるんだ。そりゃスキルキャンセルじゃ消えないし、どちらかというと必要するのは除去手術。けど、その根は深く張ってて取り残しが出ないとも限らない」
「魔法生物じゃ、ない……?」
アラタは唖然とした口調で言う。
「異世界に生息する魔物なんだろうね」
「アラタは、助かるんでしょうか」
響が、沈んだ表情で言う。
「侵食率次第だ。自我を失う可能性もある。覚悟だけはしておくことだ」
響は、アラタに抱きついた。
「けど、最初の対処は流石だよ王剣。あこで体内の触手を斬っておいたことで内部の進行はかなり緩やかになった」
「……残された時間で、奴を倒します」
「君が第五席に選ばれたの、わかるような気がするよ」
医療術者はそう言ってアラタの腹を叩くと、去っていった。
アラタは、響の頭を撫でつつ、肉塊と遭遇する方法を考え込んでいた。
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「おっかしいわねえ」
楓が言う。
相馬は戸惑うように声をかけた。
「なにがだ?」
「英治から連絡がないのよ。一時間前には異常がないからもう少し回ってから帰るって言ってたのに」
「奴も優秀な刑事だ。そうそうヘマはしないだろう」
「けど、あいつ、甘いところがあるからなあ……」
「アラタ、入院だって?」
「うん。ちょっと相手の肉片が悪さしてるとかで」
話が変わり、時間も過ぎていく。
けれども、結局電話は鳴らなかったし、英治は帰って来なかった。
第八話 完
次回『夜道を歩く』




