第三神将は暴れるのがお好き
「おはようございます」
そう言って、藤子は居間に入ってくる。
居間のテーブルには食事の準備が並んでいる。
響と勇気も座り、いただきますの合唱となる。
藤子は漬物を音を立てて食べていた。
貫禄がなくなるのでやめてほしいと僕は思う。
「アラタくん」
「なんですか?」
「修行の時間も取るとして、休憩時間にパトロールしましょうか。付き合ってくれます?」
「いいですよ」
この強者を前にして数時間も集中を保てる自信はない。
「デートですね」
朗らかな表情で藤子は居間に爆弾発言を投下した。
「違う」
僕は慌てて言う。
けれども、響の箸は止まったままだし、勇気はドッペルゲンガーが出ている。
「あら、珍しい。ドッペルゲンガーの術者ですか。けど、それだけではない」
藤子は、勇気を見て言う。
勇気は、戸惑うようにドッペルゲンガーを消した。
「お嬢さんは炎の系統の術者ですね。それだけではないでしょうが、攻撃手段は炎なのでしょう」
「……見えるんですか?」
訝しげに響は言う。
「気配でなんとなく、ですよ。ソウルキャッチャーのように鮮明には見えません。戦闘経験による勘というものでしょうか」
勘であってたまるか、と僕は思う。
僕だって実戦経験は十分にある。
彼女は見えるのだ。魔力の流れやそれがなにに変換されるかが。
「俺だって経験を積んでいる、と言いたそうですね」
藤子が微笑んで言う。
「大丈夫。あなたもそのうち見えるようになります」
今まで、敵の魔力の流れを読もうとしたことはなかった。
読めないものだと思っていたからだ。
けれども、違うのかもしれない。そう思った。
「一つ、あなたの常識が破壊されましたね」
藤子はそう言ってご飯茶碗に手を伸ばす。
「一歩前進です」
「……この方は?」
父が不思議そうに問う。
「よくぞ聞いてくれました。首都八剣第三神将藤原藤子とは私のことです!」
「首都八剣?」
「精鋭が集まって切磋琢磨しあう場所ですよ」
「それは……いいなあ」
父は無邪気に目を輝かせている。
「道場を捨ててサラリーマンになったのはあなたでしょうに」
母が呆れたように言う。
「俺だって生活を考えなければ剣をやっていたかったさ」
「いつからだって人間は強くなれるものです」
藤子はそう言って、朗らかに微笑む。
「そうかぁ。アラタ、相手してくれるか?」
「……いいけど」
「ボコボコにしてやってね」
母が笑顔で言った。
けれどもそれは、笑顔とは思えない威圧感のある表情だった。
十分後。
道場には天を仰いで倒れている父の姿があったのだった。
+++
「異常はありませんね」
パトカーを運転しながら藤子は言う。
「まあ、ドライブですね」
「やっぱりデートじゃないですか」
藤子が、微笑ましげに言う。
「違います」
僕は断固としてそれを否定した。
「ん……ちょっと停まります」
そう言って、藤子はパトカーを路肩に停めた。
「どうしましたか?」
そう言って、藤子は警察手帳を示しながら道へと移動していく。
道では倒れている男性が一人。それを囲んでいる一般人が三人。
よく見ると、倒れている男性は腹部からの出血がある。
「通り魔だ。刺されたんだ。犯人はショッピングモールの方向へ逃げていった」
「そうですか。救急車は呼びましたね?」
「はい」
「ありがとうございます。止血を続けてください」
そう言うと、藤子は駆け出した。
尋常な速さではない。風のようだ。
慌てて、その後に続く。
不条理の力を体に宿す訓練は僕も今しているところだ。
すぐに、藤子に並ぶ。
「おや。この程度は余裕ですか」
「ええ。修行してますから」
「なら、ギアチェンジ、と」
藤子はさらに速くなった。
負けじと続く。
そして僕達は、ショッピングモールにたどり着いた。
「この中に紛れていたらわかりませんね」
僕の言葉を無視し、藤子はショッピングモールの壁に手と額を当てた。
「走った人間は必ず体温が上がり脈拍が速くなります。それを見分ければ……」
「体温と、脈拍? この建物全ての人間のそれを調べると?」
とんでもない話だ。
僕は唖然とするしかない。
「見つけた」
そう言うと、藤子は高々と跳躍して、壁に日本刀を走らせた。
「篠塚流、岩盤崩し」
すると、厚い壁がチーズのように斬れて、地面に落下してきた。
そこからの彼女の行動に僕は刮目した。
落ちていく破片を蹴って、彼女は穴を開けた二階に入っていったのだ。
ありえるのか? そんなこと。
不条理の力を使えば可能なのか?
これが全国トップレベルの第三席。
「アラタくんは一階のエレベーターから。私はここから向かいます。挟み撃ちといきましょう。息の切れている四十代から五十代の男性が犯人です」
「はい!」
僕は駆け出していた。
もっと強くなれる。その事実が、僕の心を浮き立たせていた。
ちなみに、ショッピングモールの壁を破壊した事実は、警視庁から始末書の提出を要求されたらしかった。
藤子いわく、よくあることらしい。
第三神将は暴れるのが好きなのかもしれない。
+++
「今日は良い勉強になりました」
帰りのパトカーで、僕はそう藤子に告げていた。
「あなたは察知する力が強いですね」
藤子は頬杖をつきながらハンドルを握っている。
「そうでしょうか?」
「今日、私が起こした現象の大半を正確に把握した。喜んでいるのはそのせいでしょう。それができない人はレベルの差を感じて沈むだけですからね」
「けど、犯人を探知した技はわかりませんでした」
「あれは習得に時間がかかりますからね。今は気にしなくていいです」
藤子は朗らかに微笑む。
なんでこの人の微笑み顔はこんなに清々しいのだろうと思っていた。
やっとわかった。大人なのに、少女のように微笑むからだ。
「けど、そのうち習得してもらいますからね」
「はい!」
その日の晩、僕は勇気を付き合わせて、新たな特訓をしていた。
勇気が木の枝の上からゴルフボールを落とす。
僕はそれを蹴って木の上に行こうとする。
これが、中々上手くいかない。
不条理の力を一瞬触れただけの対象に働かせる。
難しいことだ。
この練習は、交代交代に行われた。
そのうち、二時間が過ぎた。
勇気がゴルフボールを駆け上がり、僕の隣りに座った。
「なぬ」
「できちゃいました。たはは」
そう言って、勇気はあっけらかんと笑う。
「コツは?」
「ボールに破裂するほどの力を注入するようなイメージで」
「よし、勇気は練習終わり。俺の練習の補助に回ってくれ」
「了解」
ボールに破裂するほどの力を注入するイメージで。
僕はそれだけを念じ、息を吸って吐く。
勇気がゴルフボールをいくつも地面に向かって落とす。
ジャンプして、一個目のゴルフボールを踏む。
指先から溢れるような不条理の力を流し込む。
すると、空中で静止したかのようにゴルフボールは僕の体重を受けとめた。
駆け上がる。
そして、勇気の傍に座った。
「なんだ。簡単じゃねえか」
そう言って、僕は空を見上げる。
「二時間以上かかりましたけどね。けど、これはきっと役にたつ技です」
「それより見ろよ、空」
勇気は、僕の言葉に従い空を見る。
そこに待っているのは、満面の星。
「宝石箱をひっくり返したような、って表現は、こんな時のためにあるんでしょうね」
「なあ、俺は思うんだ。俺はもっと強くなれる」
「そうですね」
「お前もだ」
「……一人じゃ限界がありますよ」
「お前も東京にこないか?」
「私は、師匠が、師匠としてそう言ってくれているのはわかります」
勇気は、苦しげに胸の中央に手を置く。
「けれども、女の子な私は期待してしまうんです、無駄なのに」
僕は息を飲んだ。
自分の言葉が、そんな風に勇気を傷つけるとは思わなかった。
「私は地元で大きくなります。師匠の道場を守りますよ」
「任せた」
そう言って、僕は勇気の頭を撫でた。
勇気は潤ませた目を伏せていた。
第二話 完
次回『一方、首都八剣は』




