相手の先を読め
「アラタさん、箒に乗って!」
そう言って、灯火が箒で空を飛びながら近づいてくる。
「自分の足で歩ける」
「疲労が見てとれます。私のスキルで移動した方が早いし、移動しつつ回復できるでしょ?」
尤もだ。
アラタは、箒の後ろ部分に座った。
箒が地上を離れ、空を飛ぶ。
「目的地はわかってるな?」
「中央の草原」
「オッケーだ」
箒は高度を上げていく。
そして、アラタは絶句した。
草原の中央に、卵上の氷が鎮座している。仲間達は、その周囲にいた。アラタが最後のようだ。
草原に降りると、アラタは楓の傍に駆け寄った。
「その首は……?」
楓は怪訝そうに訊く。
「師の仇です」
「ああ、灯火を利用しようとしていたっていう」
「ええ。ところでこれはどうなっているんですか?」
「私の氷はスキルを打ち消す。氷の外に逃げ出せないように閉じさせてもらった」
「ということは?」
「ええ。翠はまだ戦っている。目まぐるしいワープ合戦で」
アラタは、息を呑んだ。
+++
(左前方、上)
(右後方、下に行く)
そう歩美に告げて、私はワープする。
氷の壁に周囲を包まれて、少々寒い。
(相手と自分の移動速度は同等。頭を使うには一度距離を置きたい)
しかし、そんな思いも裏腹に、相手は即座に私の右後方にワープした。
ワープを続ける。
集中力が切れつつある。
それが死につながることは、私が誰よりもよく知っている。
そして、気がついた。
(ワープで接近できるなら、銃より剣の方が攻撃範囲が広い!)
銃を捨て、光剣を呼び出す。
そして、相手のワープしてくる位置を予測して斬った。
相手の髪が一房、空に待った。
それは、ここに来てから私が初めて与えた一撃だった。
「ふうん。少しは考えてるのね」
感心したように少女は言う。
その全身からは汗が流れている。
「もう、やめよう、こんなこと。皆死んで、皆疲弊して、馬鹿みたいだ」
「それでも私は、異世界への憧憬を忘れられない」
銃が構えられる。
また、ワープでの追いかけっこ。
「なんで異世界に拘る?」
「異世界の新鮮な空気の中で生きたい。それに、私の病気はゲートを開かないと完治しない」
「病気?」
「不老不死の病よ」
「不老不死……?」
「私は何歳に見える。ねえ、お嬢さん」
集中力が下がっている状態で会話をしていて少し気が削がれた。
銃の冷たい感触が、側頭部にあった。
ワープと同時に銃声。
銃弾は氷に沈んだ。
「異世界には様々なスキルがある。不老不死の魔術もあれば、それを打ち消す魔術もある。科学が発展したのがこの世界なら、魔術が発展したのがあの世界なのよ」
「つまり、あんたの自殺に皆付き合わせられてたってことね……」
「端的に言えばそうなるわね」
「生け捕りは、諦めた」
そう言って、私は剣を手放す。
「迸れ、獄炎」
鉄をも溶かす炎がフィールド全体を覆う。
スキルキャンセルの効果がある氷はともかく、少女に防ぐ術はない。
遺体すら残らず消えるだろう。
そのはずだった。
獄炎を消すと、なんのダメージも受けていない少女の姿が目の前にあった。
唖然として、立ち尽くす。
「だんだんわかってきたみたいね。私には勝てない、と」
「炎のスキルで耐性を得ているだけだわ。勝ち筋は必ずある」
「面白い話でもしてあげましょうかしら」
(勝ち筋を探すためにも考える時間は必要……)
「ええ、聞きたいわ」
「そう」
少女は地面に座り込む。
着物がはだけ、艶めかしい足が露わになる。
「どうして古城跡地にゲートがあるのか。何故五芒星の中心がゲートのあるこの城だったのか。気になっていたことじゃない?」
「そうね。不思議に思っていたわ」
「ここにあった古城は、蓋なのよ」
「蓋……?」
「かつて太古の時代。ここには異世界の知識を得て皆を統治していた巫女がいた。その巫女とゲートを封印するためにここに城が建てられたのよ」
私は絶句する。
それは、想像もつかない太古の話なのだろう。
「しかし、様々な人間の努力があってゲートは緩み始めている。巫女も封印を逃れている。人間の仕事にはね、どこか粗が出るものなのよ」
「そして、あなたはその状況を利用したと」
「いかにも」
少女は微笑んだ。
「さて、雑談はこれぐらいにして」
少女は立ち上がる。私は手に光剣を作り出す。
「やりましょうか」
(歩美。彼女の次の出現ポイントは読める?)
(今までのパターンとして、背後方向だと思われるわ)
(気が合うわね)
少女が消える。
その瞬間、私は後方に向かって思い切り光剣を振った。
少女は驚いた表情で、足を断たれる。
そして、戦うのを諦めたように、天を仰いだ。
第九話 完
次回『全ての始まりにして全ての終わり』




