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ソウルキャッチャーズ~私は一般人でいたいのだ~  作者: 熊出
第二章 冒険を、望んでいた
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ヒーローは窮地に現れる

「こっちだ。こっちのルートを辿れば完全に奴らの包囲網の裏を取れる」


 そう言って、ソウルイーターは歩いていく。

 僕と響は、その後に続いた。


「強化イベントはこなしてないのか?」


 ソウルイーターの台詞は、響に向けられたもののようだ。


「……こなしてる」


 響は、小声で答えた。


「なら、そこのガキを抱えて走ったほうが早いな。生憎俺は半分だが、身体能力強化は済ませている」


「そうね」


 響は、覚悟を決めたように腰を下ろした。


「乗って、アラタ君」


「いや、それじゃ面目が立たない。背負うなら俺だ」


「乗ってみりゃわかるよ。そのお嬢さんは俺達がひっくり返っても勝てないほどの怪力持ちだ」


 なんでも見通していますという面のソウルイーターが気に入らない。

 僕はしぶしぶ、響の背に乗った。

 響は危なげなく立ち上がると、駆け始めた。


 二人は駆けて行く。森の中を。尋常な速度ではない。車を走らせているかのようだ。


「それにしても不思議だな」


 ソウルイーターが、走りながら口を開く。


「そこの小僧に裏社会の情報は与えてないのか? ソウルイーターへの反応が初心すぎる」


 響は、たっぷり三十秒ほど待って、答えた。


「教えてないわ。ソウルイーターの存在について教えただけ」


 ソウルイーターは喉を鳴らして笑った。


「なるほど。俺に怯えないわけだ」


「どういうことだよ?」


 僕は戸惑いながら、二人を見る。

 響は、答えなかった。


「半年前から、十人のソウルイーターが各地で暴れている。警察の超越者部隊のスキルを吸収し、破壊活動を行っている。死者は四桁を超えるだろう。史上最悪の超能力犯罪だ」


 僕は背筋が寒くなった。

 ならば、眼の前にいるソウルイーターも凶悪犯なのだ。


「荒れてるんだよ、世間は。覚悟がないなら、踏み入れないほうがいい」


「黙れ、バケモノ」


 僕の言葉に、響の体が一瞬震えた。

 それが何故か、僕にはわからなかった。


「俺は響を最後の地まで守り抜く。そうと誓ったんだ。それに、銃を弾く俺の力は役に立つはずだ」


「バケモノ、ねえ」


 ソウルイーターは滑稽そうに笑う。


「世間にはそのバケモノが溢れている。お前みたいな、な。以前自分を一般人だと言い張る変人がいたが、お前さんもその口かい?」


 思い起こされるのは絶対零度の氷を操る少女と、鉄をも溶かす炎を駆使する男。


「けど、お前は違う。人の魂を吸収し、人を殺めた。それは死刑に値する罪だ」


「この話、やめよう」


 響が、小さな声で言った。


「つまんないよ」


 そう言って、響はソウルイーターの前に出た。

 町が既に、見え始めていた。



+++



「俺はやっぱりソウルイーターの同行には反対だ」


 ホテルの前で、僕は腕を組んで発言していた。


「危なすぎる。いつ俺達のスキルや命を奪おうとするかわからない」


 ソウルイーターはパーカーのフードを目深にかぶったまま、肩を竦める。


「だそうだ、お嬢さん。どうする?」


 響はしばし考え込んだ後、申し訳無さげに僕を見た。


「彼には敵の内情を探る術と、豊富なスキルがある。正直、一緒に行きたい」


 僕は歯噛みした。

 これでは危険な存在が増えるだけではないか。


「そして、ここまでありがとう、アラタ君」


 そう言って、響は頭を下げる。

 そして、便箋を僕に手渡した。


「これを警察に手渡せば保護してもらえると思う」


 一瞬、頭が真っ白になった。


「……どういうことだよ」


「これ以上、巻き込めない」


 響はそう言って、視線を逸した。


「これは、バケモノの話だ。バケモノが片付けないといけない」


「なら、俺もバケモノだ。変身能力がある」


 響は僕の胸に手を置いて、目を閉じた。

 響の手が輝き始める。

 そして、響は手を引いた。


「変身しようとしてみて」


「フォルムチェンジ」


 僕は唱える。けど、変身できない。


「フォルムチェンジ!」


 焦って、僕は繰り返す。

 変身は、やはりできない。


「これで、君はバケモノじゃなくなった」


 響は、切なげに微笑んだ。


「ありがとう。平和な日常を、生きて」


 そう言って、響はホテルの中に入っていった。


「ま、俺はそれなりに強いから心配すんな」


 そう言って、ソウルイーターも響の後に続いていく。

 旅に焦がれていた。

 そして、ついに旅に出た。

 その旅は、唐突に終わった。



+++



 駅のホームで座る。気がつくと、夜になっていた。

 駅員が怪訝そうに近づいてくる。


「今日はもう電車はないよ? どうしたんだい?」


 僕は自嘲気味に笑った。


「女の子にフラれたんですよ。お前には力が足りないって」


「ふむ」


 駅員は、僕の隣りに座った。


「コーヒーだ。飲むといい」


 そう言って、缶コーヒーを手渡してくる。

 僕は、プルタブを開けて、その中身を飲んだ。

 そういえば晩御飯も食べていない。

 生ぬるいコーヒーが、胃に流れ込んでいく。


「力が足りない、か。じゃあ、君はなにもできないのかな?」


「……一般人の中で言えば、俺は強いです。けど、それじゃあ足りないんです」


「本当にそうかい?」


 僕は黙り込む。


「相手のことを真に思うなら、身を引くのが正しいこともある。けど、自分の意志をぶつけて認められるという道もある」


 僕はコーヒーをもう一口飲んだ。


「今日はひとまず家に帰りなさい。君の力も、君の存在も、きっと無駄ではない」


 そう言うと、彼は僕の肩を勢い良く叩いた。


「足掻けよ少年。私にも、そういう心の傷がある」


 そう言って、駅員は去っていった。

 なんだったのだろう。

 変な人だな、と思いながらも、コーヒーを飲み干す。


 自分は、どうしたい?

 響を守りたい。

 力が足りない?

 盾ぐらいにはなれるし、銃もある。


 やれることは、絶対にある。

 僕は力を込めてコーヒーの缶を握った。

 軽い音を立てて、缶は二つに折れた。



+++



 鍵をかけられたホテルの入口が氷の槍で破られる。

 ソウルイーター、甘月つつじは、砕け散ったガラスを踏みながらホテルの中に入っていった。

 受付に慌てた様子で服を着崩した男性従業員が飛び出してくる。


 そのハートを、光の手を伸ばして飲み込んだ。

 従業員の記憶の中に、ターゲットはいない。夜勤の従業員だからそれ以前に入室した人間を知らないのだろう。

 少し落胆しつつ、受付に入り、パソコンを操作し始める。


 目当ての名前は、ない。

 しかし、年齢でそれが誰かは知れた。


「お父様。必ず裏切り者を始末してみせます」


 そう呟いて、つつじは微笑んだ。

 階段を上がり始める。

 超高温の熱風が吹いた。

 つつじは氷の盾でそれを防ぐ。

 周囲の階段や手すりは熱で歪んでいた。


「俺はよー。寝付き悪いんだよなあ」


 淡々とした口調でそう言って、パーカーを目深にかぶった青年が降りてくる。

 その目は、赤い光に輝いている。


「だから深夜にでけえ音立てられるのくっそ迷惑なの。わかる?」


 つつじは軽く手を振る。絶対零度の風が相手に襲いかかる。

 炎がそれを遮った。

 炎を放つ手は一つではない。二つだ。


「……響、だったっけ。あんたには見覚えがある」


「ええ、そうね」


 響は手短に答える。その内心は見えない。


「決着をつけようじゃない。バケモノ同士、さ」


 そう言って、響は凄むように微笑んでみせた。



+++




 これはまずいな。それが響の実感だった。

 この女、氷の術への適正が高すぎる。

 ノータイムで絶対零度の氷を作り出すことができる。

 少しでもパワーバランスが崩れれば、周囲は一瞬で氷漬けになるだろう。


 それを防いでいるのは、ひとえに響とソウルイーターの協力、交互に絶え間なく繰り返される攻撃があってのことだ。

 攻撃を防ぐのに精一杯で、相手は大技を出せずにいる。


 こんな時、彼がいれば。

 そんなことを、一瞬考える。


 絶対零度の氷にも負けない強靭なスーツ。そのスキルの運命の相手。

 しかし、今、彼はいない。


「バケモノ」


 彼の言葉が脳裏に何度も反響する。

 彼は、平和な世界にいたほうがいい。


「まずいな」


 ソウルイーターが呟いた。


「なにが?」


 炎を放ちながら、響は応じる。


「これは適正が高すぎだ。三十六計逃げるに如かずってな」


「逃げる隙があると思う? 大技使われて建物ごと凍らされるわよ」


「そうさな」


 ソウルイーターは肩を竦めた。


「これは想定外だ。適性が高すぎる」


 それは、最後通牒のように聞こえた。

 心が折れていく。炎が弱まっていく。

 ここで、負けるのか?

 ここで、終わるのか?

 真実にも辿り着かないままに?


「諦めるな!」


 声が聞こえた。

 何故だろう。その声を聞くだけで勇気が沸くのは。

 何故だろう。その声を聞くだけで心が弾むのは。


 鉄パイプを持った少年が、つつじの頭を殴っていた。

 前に集中していたつつじは、意表を突かれて振り向く。


 そして、片手でこちらの炎の相手をしながら、もう片方の手を相手に伸ばした。

 少年の鋭い一撃がもう一度入る。

 つつじの氷が弱まる。


「最後まで送るって約束した!」


 少年は、アラタは、叫ぶ。


「だろ?」


 響は、涙腺が緩むのを感じていた。


「うん」


 響は、光の手を伸ばす。そして、アラタのハートにヘルメットのデコレーションを飾った。


「小賢しいクソガキがああああああ!」


 つつじの手に魔力が集中していくのがわかる。

 次の瞬間にも、アラタは氷漬けになっているだろう。


「唱えて!」


 願うように叫ぶ。死なないでと。そばにいてと。


「フォルムチェンジ!」


 アラタは叫んだ。

 そして、戦士は現れた。フルフェイスのヘルメットは顔を隠し、白のスーツが体を包んでいる。腕と膝にはガードがついていた。


 絶対零度の風が吹く。

 それを、アラタは呼び出した長剣で斬り裂いた。


「なに?」


「どこの誰かは知らないが、終わりだ!」


 そう言って、アラタは剣の峰を、相手の後頭部に振り下ろした。

 つつじは失神して、倒れる。

 鉄パイプで殴られた頭からは、血が流れていた。


「さて……どうする?」


 ソウルイーターが、何事もなかったかのように言う。

 アラタは変身を解いていた。

 響とアラタの視線が、交わる。


「最後まで連れて行くって言った。俺は銃も使えるし剣も使える。役に立つはずだ」


 涙腺が緩む。視界が滲む。


「連れてってくれ、響」


「ありがとう……アラタ君」


 絞り出すように、響は言った。




+++



「お前も随分無茶するよな。鉄パイプで頭はやべーよ」


 ソウルイーターがぼやくように言う。


「緊急処置だ。仕方ねーだろ」


 僕もぼやくように返す。

 三人はつつじの治療を終え、スキルを粗方奪って拘束し、警察に電話をして、ホテルを出てきたところだった。


「ガキがいたら補導されるな」


「お前だってガキだろ。しかも顔隠してるから危険人物じゃねーか」


「お前より随分年長だと思うのにその言い草。ご立派ご立派」


「アラタ君」


 響が、口を開く。

 怯えるように、俯いていた。

 ソウルイーターは、なにかを察したように早足で歩き始める。


「先行ってなんか自販機で買っとくわ」


 そう言って、彼は駆けていった。

 響が、意を決したように顔を上げる。

 その目の端には、涙があった。


「なんか、泣かせるようなことしたっけ」


 僕は戸惑うしかない。


「ずっと、黙っていたことがあるの」


 響は、恐る恐る言う。


「ちょっとやそっとじゃ今更びっくりしねーよ。もう非常識には十分飽きた」


「軽蔑されるかもしれない」


「多分、しないんじゃないかな」


「じゃあ、言うね」


 響は、しばらく黙り込んでいたが、そのうち口を開く。


「私は、ソウルイーターなの」


 僕は黙り込む。

 脳裏に蘇る色々な光景。

 治癒のスキルと熱操作を両立していた響。僕にスキルを与えた響。氷と炎を使う敵が出た直後にその両方を使っていた響。倒れた敵に手を当てていた響。

 パズルのピースが埋まるように、様々な光景が響の言葉を裏打ちしていく。


「私は、あなたが軽蔑しているソウルイーターなのよ」


 響は苦笑してそっぽを向くと、少し投げやりに言った。



次回『響』

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