それぞれの進軍
前方には二十数名の足音。足音を揃えて近づいてきている。
彼らが曲がり角を曲がった瞬間、恭司と相馬を視認するだろう。
「佇め、撫壁」
そう言って撫壁を展開する。
この盾は前面はいかなる攻撃も防ぐ絶対の盾なのだ。しかし、後方からの攻撃には脆い。
「いらねえよ」
相馬がそう言って、前に立つ。
「足音を聞いて、曲がり角を曲がりそうになったら教えてくれ」
「難しい注文ですね」
「お前ならできる」
「適当なことを言う」
ぼやきながらも耳を地面に当てる。
「目標、こちらの発見まで五秒」
相馬が銃を構える。その銃口が大きく広がった。
「四、三、二、一……」
相馬の銃口から光が放たれた。
それはまだ見ぬ敵をも巻き込んで消滅させていく。
そして、周囲から足音は完全に消えた。
「まったく。とんでもない威力だ」
「俺もそう思う」
相馬がそう言うと、銃口は元に戻った。
「悪いけど、先、行きます。翠が心配だ」
「わかった。行け。俺も飛行能力でショートカットする」
恭司は体中に電気が走るイメージを持った。
そして唱える。
「電光石火」
体が紙切れのように軽い。
物凄い速度で後方へと景色が流れていく。
そして、恭司は目に写ったものを錯覚かと思いつつ足を止めた。
いや、錯覚ではない。
外灯の下に、四匹のドラゴンがいる。
相馬が傍に降りてくる。
「簡単に行かせてくれるきはないみたいだな」
「ですね」
恭司と相馬は、臨戦態勢に移った。
四匹のドラゴンが鎌首をもたげ、口を大きく開いた。
+++
楓と英治はマシンガンを持った集団と遭遇していた。
銃声がなるのと、氷の壁が出来上がるのは同時だった。
分厚い氷の壁が、マシンガンの弾を次々に捕らえていく。
そして、楓は呟いた。
「氷獄」
氷の壁が走っていき、人までも飲み込む。
飲み込まれた人々は骨になって、氷の消滅とともに地面に落ちた。
「レベルが違いすぎるな……」
英治が、ぼやくように言う。
「どうやら、前線から離れている間に場違いな人間になってしまったみたいだ」
楓は、英治の背を叩く。
「拗ねない。あんたの炎は、絶対に役に立つ」
そのまま英治の背を押して、楓は走り始めた。
石神幽子。
どうしてもここで倒しておかなければならない相手に思えた。
+++
道の中央に、彼は立っていた。
白いフルフェイスのヘルメットに、白いスーツ。戦隊物のヒーローのようにも見えただろう。
その両手は、剣を杖のようについて、動かない。
そのうち、人々が近づいてきた。いずれも、武装している。
しかし、アラタは動かない。
敵が銃口を構え、引き金を引こうとする。
それでも、アラタは動かない。
その時、木の上から光が走った。
それは敵を縦横無尽に斬り、複数のパーツに切断して消えた。
相手が倒れると、そこには粉々になった骨だけが残った。
木から、勇気とそのドッペルゲンガーが下りてくる。
二人共、部下が王にするように片膝をついて指示を待っていた。
アラタは苦笑して、告げる。
「前進する。俺の範囲技は溜めが必要だから助かった」
「勿体無い言葉です」
「まあ、これぐらいは当然よ」
二人が立ち上がり、三人は歩き始めた。
悪寒がした。
この跡地内に漂う悪寒で第六感が狂っている中でも際立つ色濃い悪寒。
死を思わせる悪寒。
休憩所に、座っている男がいた。
腰に二刀を帯びている。
彼は立ち上がると、アラタの姿を見て、拍手を鳴らした。
「いやいや、奴の弟子じゃないか。よくぞここまで辿り着いた。不条理の剣でも複数のマシンガンを相手取るのは厳しいだろうに、如何にしてここまで辿り着いた?」
「……答える義務はない。師匠の人生を狂わせた罪。ここで罰してやる」
「師匠……」
勇気が不安げな声を上げる。
「こいつは俺に任せろ。お前らは前進してくれ。無理だと思ったら引き返してこい」
「……死ぬ気はありませんよね?」
「響にどつかれる」
勇気は目に涙を浮かべ、滑稽そうに微笑んだ。
綺麗な笑顔だった。
「では、いきます。ご武運を」
勇気とそのドッペルゲンガーが駆けて行く。
その前に、男は移動しようとして、アラタの突撃を察知して立ち止まった。
長剣を振るう。
相手は刀を半ばまで抜いて、剣を受けとめた。
「不条理の剣をマスターしたか。さらに手強い相手になったな」
「俺は今、お前の首を断って師匠に届けることしか考えていない」
「無鉄砲な弟子を持ってあの女もさぞ嘆いてるだろうよ」
男はアラタの腹を蹴り、距離を取った。
今の動きも、不条理の動き。
アラタは背筋が寒くなった。
アラタはまだ、剣、それも両手剣だけでしか不条理の動きを扱えない。
「……決着をつけよう。十数年に渡る因縁の決着を」
「主人公不在でか?」
「今の主人公は、俺だ!」
「その物語はバッドエンドを迎えそうだぜ」
男の姿が、消えた。
そう思った瞬間、右から斬撃がきた。
アラタは受け止める。
(やはり、一筋縄ではいかないな……)
アラタは冷静だった。それだけが、今の状況の救いだった。
+++
慎一郎と大輝は前進を続けていた。
「あんた、強いんですか?」
慎一郎は単刀直入に訊く。
「強い奴に弱く弱い奴に強い」
「駄目じゃないですか」
「安心しろ。マシンガンを持った連中程度俺より弱い」
(本当かなあ……)
二人きりの任務で相手の力量は大事だ。
慎一郎は、大輝の力量を疑問視していた。
「ある程度は俺の九十九赤華で削れますけど、全員は無理ですよ? 蜂の巣だ」
「安心しろ。マシンガン程度じゃ俺は死なん」
(本当かなあ……)
全てを彼に託すしかないのだが、それにしては心許ない。
その時、前方にマシンガンを持った集団が見えた。
「げ! どうするんですか、どうするんですか!」
「大声で騒ぐな。見つかる」
時既に遅し。相手は銃口をこちらに向けていた。
「死者の魂よ。今一度我に力を貸したまえ」
そう言って、大輝は祈るポーズになる。
(この土壇場で神頼みかよ!)
慎一郎は逃げる準備をしていた。
その時のことだった。
大輝と慎一郎を守るために、巨大な腕が地面から生えてきた。
銃はすべて、その腕が受けとめているようだ。
慎一郎は、不思議な心境だった。
まるで、たくさんの霊に見守られているような。
そして、腕は生きているかのように、勢い良く前進を始めた。
敵が飲み込まれていく。
そして、次々に倒れていった。
「そういや自己紹介がまだだったな。ソウルキャッチャー、皆城大輝だ」
(次元が違う……)
そう感じながらも、慎一郎は胸が高鳴るのを感じていた。
まるで、ヒーローと出会えたような。
「さあ、進軍を続けるぞ」
「了解!」
「聞き分けがよくなったな。いいことだ」
冗談交じりなのか皮肉なのかわからないが、そう言って大輝は進軍を再開した。
第六話 完
次回『相馬、恭司対ドラゴン部隊』




