ソウルイーター2
夢を見ていた。響と遊園地で遊ぶ夢。そこにいる響は無邪気で、硝煙漂う世界とは無縁だった。
そんな未来もあり得たはずだ。
響は普通の少女でもあれたはずだ。
けど、彼女は逸れてしまった。
それはあえて?それとも、トラブルで?
わからない。
まだ、わからないことばかりだった。
その時、僕は自分の体が揺すぶられていることに気がついた。
目を開く。
響がチョコバーを僕の口に突っ込んだ。
「にゃんひゃよ乱暴な」
チョコバーをかじりながら言う。
響は、口元に人差し指を持っていった。
「足音がする」
蚊の飛ぶような小さな声だった。僕もそれに合わせる。
「敵か?」
「多分」
「なんでここがわかったんだ?」
「私にもわからないところよ」
そう言って、響は肩を竦める。
そして、銃を取り出して、構えた。
「フォルムチェンジ」
僕も小声で唱えて変身し、臨戦態勢に入る。
そのうち、木々の作り出す闇の中から、月光の下へ、スーツを着た中年男性が姿を現した。
「大したもんだよお前は。ここまで逃げ延びたんだからな」
響は無言で銃弾を放った。
鉄と鉄がぶつかりあう音がした。
一瞬、なにがあったかわからなかった。
突如現れた剣を振り下ろした男の姿を見て理解が遅れてついてくる。
銃弾を、斬ったのだと。
「俺は銃弾じゃ殺せんぞ」
「けど、剣じゃわかりませんよね」
そう言って、僕は長剣を召喚する。
身の丈ほどある長剣だ。
「ほう。俺に剣で挑むか。無謀か、それとも無策か」
「生憎、これしかできないものでね」
「一応言っておこう。抵抗は無駄だ。この周囲には既に精鋭が配置されている。逃げ場はない」
僕は、息を呑んだ。
響を見る。無感情な表情をしていた。
「頼んだわ、アラタ」
「ああ」
「一人じゃ無理だった。二人なら、乗り切れるかもしれない」
僕は顔を綻ばせた。
これ以上ない褒め言葉だ。
男なら、女の子に頼りにされて悪い気がするわけがない。
「いくぞ」
「こい!」
男は、叫んだ。
峰打ちで面を狙う。
その瞬間、男が物凄い速度で動いた。
胴を打たれた。
骨が何本か持って行かれたらしく、筆舌にしがたい痛みが電流のように全身に走る。
一旦、距離を取る。
それを、相手は許してはくれなかった。
「少しは齧っているらしいが、道場のお上品な剣術といった感じだな! 命のやり取りをした経験はないと見える!」
「なにを……!」
事実だ。僕の振るう剣は道場剣術。
相手は、予測もつかない軌道で何度も攻撃を僕に当てた。
一撃目は胴を、二撃目は肩を、三撃目は足を、四撃目は上腕を、五撃目は肘を。
痛みが電流のように走り、息は自然ときれていた。
「この剣は相手の防具を貫通してダメージを与える。俺と当たったのがお前の不幸だったな」
男は剣を振り、そう語る。
「待ってろ、今、楽にしてやる」
男の姿が消えた。
いや、右だ。
男の渾身の一撃を、僕は頭上に剣を掲げて受け止めていた。
鍔迫り合いが起こる。
相手は腕力強化でも受けているのだろうか。尋常ではない重みだ。
それを、剣を傾けて逸らす。
そして、相手に斬りつけた。
相手は後方へと数歩跳躍する。
唖然とした表情で、己の切れたネクタイを見つめていた。
「まさか、適応したというのか? たった数回の打ち合いで……!」
僕は痛みを忘れようと務め、長剣を構える。
「楽しかったかよ、ビギナーいじめはよ」
煽るように言う。
「ここからは、俺の独壇場だ!」
そう言って、僕は相手に飛びかかった。
その瞬間、僕は見た。
光の手が、相手の胸を貫いて、見えないなにかを掴むのを。
男の手から剣が消える。
そして、男は狼狽したように、後ろを振り向いた。
「ソウルキャッチャー……何故?」
「その何故は、何故ここに、か? 何故自分を狙ったのか、か? 何故命まで取らなかったか?」
嘲笑うように、男の背後から現れた青年は言う。
目深に被ったパーカーから覗く目が、赤い光を放っていた。
「どうでもいいだろそんなこと。さっさと退けよ。悪いな、あんたは失業だ」
男は懐から銃を取り出し、弾を放つ。
青年の前に巨大な腕が一本現れ、それを防いだ。
僕は怖気を感じた。
腕から悲鳴が聞こえる気がする。
あれはおぞましいものだ。この世にあってはならないものだ。
そして、一つの単語が脳裏をよぎる。
(ソウルイーター……)
「精鋭がここを守っていたはずだ! それはどうした!」
「相手を少人数と侮って数をケチったのが運の尽きだな。全員伸びてるよ。その証拠に、ほら」
そう言って、ソウルキャッチャーは人差し指を男に向けた。
光が弾け、男は吹き飛んでいった。
木に頭を打って、男は気絶したようだった。
「なんの用? ソウルイーター」
響は警戒するように言う。
「なに、縁を手繰ってしばらく見てたんだが、どうも目的地が同じようでな」
ソウルイーターは、淡々とした口調で言う。
「滋賀の総合病院。そこが目的地だろう?」
響は目を丸くした。
「どこでその情報を?」
「超越者対策室の魂を吸い取って情報を奪った。まあ、その魂は返しといたがね」
僕は長剣を構える。
「嘘だ」
赤い目が、闇夜の中で輝いていた。
「その腕、悲鳴を上げている。お前は魂を奪い取り、無理やり使役している。本当のモンスターだ」
「用事が終わったら解放するさ。それまでは我慢してもらう」
「お前は……何人殺した?」
「生憎、日記をつける趣味はない」
響が、僕を手で制して前に出た。
「協力を頼めるかしら?」
「響?」
響の提案に、僕は驚愕した。こんな胡散臭い奴と行動をともにするというのだろうか。
「ああ。あんたの前にレッドカーペットを敷いてみせるぜ」
ソウルイーターは、皮肉っぽく微笑むと、僕らに背を向けた。
「まずは移動だ。数時間後に応援が辿り着くだろう。奴らが通らないだろうと思ってるルートを通る必要がある」
そう言って、彼は歩きだす。
そうだ、疑い合っている場合ではない。
僕は、剣を下ろして、唱えた。
「フォルムチェンジ」
元の体に戻る。
その手に、温もりが宿った。
「ごめんね、勝手に決めて」
「いいよ」
僕は苦笑した。
そして、言葉を続ける。
「けど俺、奴とは絶対一緒に寝ないぞ。人里についてからも、もう一度考える必要があると思う」
「うん。私が見張り番してるよ……私も、心を許したわけじゃない」
ソウルイーター。魂喰い。恐るべき存在を仲間にして、僕らの冒険は続く。
その時、ソウルイーターが空に向かって数度、光を放った。
「監視の虫がついていたんだ。そうでもなけりゃ、こんな山じゃ見つからんよ」
そして、彼は皮肉っぽく微笑んだ。
「ちょっとは安心したかい?」
僕は返答に困る。
この邪悪な相手に素直に感謝の意を示すのは違う気がする。
「ありがとう」
安堵したように響が言う。
「いいってことよ」
そう言って手をひらひら振ると、ソウルイーターは前を歩いていった。
第四話 完
次回『ヒーローは窮地に現れる』




