精霊達のお茶会?
私、セレナはレースゲームをやっていた。目の前の敵をもう少しで抜かせそうだ。そう思っていたら、相手はコースアウトして行った。
私はほくそ笑む。
しかし、少し離れた先の距離に、敵は復帰してきた。
ショートカットされたのだ。
「この、クソ」
クソゲーと言いかけて私は黙る。
これも翠に勝ってもらったおもちゃだ。悪く言うのは躊躇われる。
「クソ、絶対抜かす」
そう言って、私は前のめりになった。
部屋の扉が開いた。
「セレナー、あんた寝なさいよ。明日はお茶会でしょ?」
翠だ。
「ちょっと、ノックしてよ」
「あんたの部屋が散らかってるのはいつものことでしょ。その対戦終わったらさっさと寝なさい」
「寝れないんだ……」
翠が苦笑して私の隣に座る。
「あらあら、緊張してるのね」
「お母さんはこんな経験ある?」
「同窓会に出たことはあるね。同じ学年だった生徒を集めて飲み会だとか」
「どうだった?」
皆、変わっていたらどうしようと思う。
私達の絆がどれほど堅いのか。それは私達にもわからない。
「皆変わってなかったというか……子供時代に戻ってたよ。その頃に戻ったかのように」
「そっか」
「うん、だからセレナも大丈夫。あなた達、仲良かったじゃない」
「エレンとは仲良かったかあやしいけどねー」
「そういうことは言わない」
そう言って、翠は私の頭を撫でる。
「じゃ、今日は寝なさい」
「はーい」
翠は部屋を出て行く。
ゲームが終わり、部屋中の電気を消す。
心臓の音がしていた。
私は明日、皆と会う。柄にもなく、緊張していた。
+++
目的地までは翠のワープでひとっ飛びだ。
と言っても、遠距離のワープである。翠はワープ直後の飛行もおぼつかなくなるほど疲労していた。
「ごめんね、お母さん。無理させて」
「いいのよ。こっちのが安上がりだ」
そう言って、翠はベンチに座る。
「ホテルにチェックインして休憩してるから、終わったら部屋に来て」
「うん、わかった」
そう言って、翠と別れる。
金時計の下に、三人が揃っていた。
エレン、シンシア、エレーヌ。
皆、少し大人びていた。
化粧を覚えている子までいる。
歩調が少し緩まる。
どれほど私達は、別々の時間を過ごしたのか。
それが今日、明らかになる。
「遅い、セレナ。いっつもあんたが最後なのよ」
エレンが厳しい口調で言う。
懐かしい響きに、思わず口元が緩む。
「なによ、待ち時間より先に来たのはそっちじゃない」
「待ち時間は十分前」
「あれ? そうだっけ?」
メールを確認する。確かに、エレンの言うことは正しい。
「まあまあエレンちゃん。皆揃ったんだから、喧嘩はやめようよ」
そう取りなすのはエレーヌだ。
大人になったな、と思う。
長い髪の毛も整えられているし、滑舌もはっきりしている。
「……この場はエレーヌに従うわ。行きましょう」
「どこ行く?」
私は前を歩き出したエレンに並ぶ。
「味噌カツ屋かなあ」
「ハンバーガーは?」
「あんなのいつでも食べれるじゃない。せっかく遠出したんだから、特別なものを食べたいわ」
「じゃあ評決を取ろうよ」
「いいけど……」
「シンシア、エレーヌ、ハンバーガーと味噌カツどっちがいい?」
「私、味噌カツ」
と、エレーヌ。
シンシアはしばらく黙ってぼんやりとしていたが、そのうち口を開いた。
「……味噌カツ食べてみたい」
「はい、私の勝ち」
エレンが誇らしげに言う。それが憎らしくもあり、懐かしくもある。
「友達できたらいかない? バーガーショップ」
「友達ぐらいいるよ」
エレンの言葉に、思わず憤る。
「そういうことにしときましょ」
エレンは相変わらずだ。
(なっつかしいなあ……)
私は、思わず微笑んでいた。
+++
「よ」
予想外の客人に、翠は戸惑っていた。
恭司だ。
確かにメールでホテルと部屋番号は教えたが、まさか直接やってくるとは。
「遠距離のワープは流石にきついだろう。明日は車に乗せてってやるよ」
「うん……わざわざ来たの?」
「たまには俺を頼れ。そんなに頼りがいのない彼氏か?」
「いいのかなって思う時はあるけどね」
そう言って、翠は目を逸らす。
「私、コブ付きだし」
「いいよ」
恭司はそう言って微笑む。
「セレナも俺の娘だ。そういうつもりで接している」
(ああ、この素直さが恭司だなあ……)
思わず微笑み、相手をハグする。
恭司も、翠を抱き返す。
そのまま、二人は抱き合ったまま部屋の中へと入っていった。
部屋の扉が閉まった。
+++
「結構協力求められることあるよね」
エレンが味噌カツを食べる手を止めて言う。
「なんか臨時職員と思われてそう」
と、エレーヌ。
「私は呼ばれてないなあ……お母さ、じゃなくて翠の意向が影響されてるのかなあ」
「セレナは得してるよ」
そう、ぼやくようにエレンは言う。
「……私は正職員になった」
どこかぼんやりとしたシンシアの一言に、三人の間に緊張が走った。
「マジで?」
「……マジ」
シンシアはそう言って、警察手帳を取り出す。中を開くと、確かにシンシアの顔写真がある。
「私は賢者の石に気に入られ、アーティファクトを手に入れた。その力は、世の中のために使いたい。義理の両親の説得には手間取ったけど……」
「賢者の石? アーテイファクト?」
エレンは戸惑うように言う。
一通りシンシアが説明を終えると、エレナは長い息を吐いた。
「パワーアップアイテムか。しかもデメリットがない」
「エレンは最近薬飲んでる?」
「いや、オーバードーズはしてないよ」
「飲んだ時ぐらいの力は軽く出るよ」
「いいなあ、賢者の石。どこにあるのかなあ」
「……首都の本庁に多く運び込まれた。今は、厳重な管理体制下にある」
「ふむ」
エレンはそう言って考え込む。
「シンシアのことを否定するわけじゃないけど、危険なことはやめようよ」
私は思わず言う。
「逆よ。力を持っている方が災いを退けられる」
「まあそういう考え方もあるけどね」
「……そういえば、もう一つ不思議な術を見た」
「私達で再現できるもの?」
エレンが身を乗り出す。
「私がアーティファクトを外して、薬の量を調整すれば、多分……」
シンシアは躊躇いがちに言う。
「それって、なに?」
「エレメンタルカラーズ」
シンシアに、皆の注目が集まっていた。
+++
一同は公園にやって来ていた。
「じゃあ、あの看板を狙おうか」
そう言って、エレンが指差した先に、皆の視線が集まる。
なんの変哲もない看板だ。
エレーヌが土の力を集中させて手を差し出す。
シンシアが風の力を集中させて手を差し出す。
エレンが氷の力を集中させて手を差し出す。
そして、私は炎。
四人の手は重なっていた。
その中で、属性の力は押し合いへし合い消滅と再生を繰り返した。
「いけ、エレメンタルカラーズ!」
エレンが叫ぶ。
光が弾けた。
それは四色の光が混ざり合ってできたもの。
しかしそれは、看板の前で解け、炎、土、氷、風の四つの攻撃に別れていた。
「駄目かあ」
エレンが落胆したように言う。
「風の力が強すぎるように思う」
エレーヌが躊躇いがちに言う。
「……実戦出てるから、威力がちょっと上がった」
淡々と、シンシア。
「しゃーない。ゲーセン行くべ」
話を変えるように、エレンは言った。
「あらあら、真面目なエレンさんがゲーセンですか」
私はからかうように言う。
「ゲーセンぐらい行くわよ私だって」
すっかり日常に染まっているエレンが、少し嬉しかった。
+++
「今年は第五席に巴嬢を迎え入れ、我々の戦力はさらに補強された。まずは、祝おう」
新年会が行われていた。
巴はその中の、五番目の席に座っている。
首都八剣。
東京中から選りすぐった剣士達で構成される集団に、巴も名を連ねていた。
正直、付き合いが増えて疲れる。
「さ、五席殿。ひとつ」
そう言って、六席が日本酒をおちょこに注ごうとする。
それを、巴は固辞した。
「いえ、お酒は弱いので」
「それは付き合いが悪いというもの」
「そうですか……なら、一口、二口なら」
「それでこそ」
そう言って、六席は日本酒をそそぐ。
「どうも」
そう言って、おちょこをあおる。
「これは強い」
冗談じゃない。一杯で顔と喉が熱くなってくるのがわかる。
「今年は、六席に私の弟子を迎え入れたいと思うのです」
ざわめきが起こった。
「ほう。六席を」
第一席の老人が面白がるように言う。
「そこまでの実力者かな?」
「遠野アラタ」
「正式な超対室の関係者ではあるまい!」
八席が、青い顔をして言う。
「それを言えば、ここにいる人間も超対室のOBが多い」
今にも破裂しそうなギスギスとした空気が場に流れていた。
「若者が増えるのは大いに結構」
第一席が朗らかに言う。
「彼は東京に来るのかね?」
「ええ。高確率で」
「ならば、試さねばならぬだろうな」
巴は微笑んだ。
自分の自慢の弟子だ。いい結果を出してくれるだろう。そう、巴は信じていた。
場には、緊迫した空気が流れていた。
+++
「シンシアシューティングゲームうまーい!」
「……射撃は練習してるから」
「褒めたんだから笑いなさいよね」
「私がそこらを不器用なのはわかってることじゃない」
「セレナ、シンシアを困らせない!」
「わ、エレンが怒った」
懐かしい。楽しい。気のおけない仲間達との遊び。
それも、次第に終わりが近づいてくる。
「じゃ、別れようか」
躊躇いがちにエレーヌが言う。
「楽しかったよ」
私は、しみじみとした口調で言う。
「……私も電車の時間近い」
「私は翠が待っててくれるから」
「あー、甘やかされてるなあ」
「五月蝿いなあエレンは」
「じゃあね」
そう言って、エレンを残して三人は離れていく。
エレンは躊躇うように、しばし黙っていたが、そのうち口を開いた。
「ねえ!」
「ん?」
私は意表を突かれたような思いで振り向く。
他の二人も同じようだった。
「これ、わけない?」
そう言ってエレンは、小さな紙袋を出していた。
皆で集まる。
エレンは、紙袋からキーホルダーを四個取り出した。
一つのハートが四分割されたデザインをしているキーホルダーだ。
四つをくっつけることで、一つのハートができあがる。
一人、また一人、と無言でキーホルダーを取り、カバンや帽子につける。
「離れてても、私達は一緒だから」
エレンは、目に涙をためて言う。
私は、思わず微笑んだ。
「当たり前だろ。困った時にはいつでも駆けつけてやるさ」
「セレナじゃちょっと頼りないけどね」
「にゃんだとぉ?」
私達はしばらく睨み合っていたが、どちらともなく笑い始めた。
笑いは伝染する。
四人は笑い、そして、ハイタッチをして別れた。
楽しい一日だった。本当にそう思う。
明日からは普通の日常だ。再会も何年後になるかはわからない。
けど、確かな絆を感じていた。
第六話 完
次回『エロゲーハンター恭司 発覚編』




