小豆の陰
それから一週間、彼女と遊んだ。遊びの最後には二万円。超対室の給料でも少々苦しい。
そして、夜勤で彼女との遊びが一日途絶えた時のことだった。
翌日、公園で弁当を食べていると、鼻をすする音が聞こえてきた。
「泣いてるだけじゃなにもわかんないぞー」
俺はそう言って唐揚げを一口食べる。
小豆は、俺の隣に座った。
そして、しばらく泣き続けた。
気がついたことがある。
小豆の服は、どれも古い。ほつれや穴などがあるのだ。
この一週間で十四万稼いだ少女にしては信じられない無頓着さだった。
「飯食いながら慰めの言葉考えるからちょっと待っててくれ」
「事情も聞かずに……どう慰めるって言うのさ」
「それもそうだな。事情から訊くさ。ごちそうさまでした」
そう言って箸をしまい、弁当箱を巾着に入れる。
「で、どうした?」
「昨日、違うオッサンを遊びに誘ったんだけど」
「うん」
「気づいたらホテルの駐車場にいて」
「……うん」
「なんとか逃げたけど、凄い怖かった」
「うん」
俺は安堵した。未遂で終わったなら何よりだ。
「これに懲りてパパ活なんてやめるんだな。男を掌の上で動かせると思うからそうなる」
「私、そんなこと、考えてない……」
写真で人を脅してる人間の台詞とは思えなかった。
「金、なにに使ってるんだ? 十四万ありゃ高校生には十分だろ」
小豆は、返事をしなかった。しばらく黙って、泣きじゃくっていた。
「海でも行くか」
俺は、淡々とした口調で言う。
「……今、冬だよ?」
苦笑したように、小豆が言う。
「水平線はいつ見ても綺麗なもんだ」
「お金もかからないしね」
「よくわかってらっしゃる」
小豆は声を上げて笑った。
それで、俺の心も少しほころんだ。
駐車場で車を止めて、砂浜を歩き始める。
小豆は、駆け足で水際まで向かっていった。
そして、叫ぶ。
「海の、ばっかやろー!」
「昨日のオッサンのじゃなくていいのか?」
意地悪く弱みを突く。
「オッサンのばかやろーじゃどっちのオッサンかわからなくなるじゃん」
「クソガキ。昨日のオッサンのばかやろーって言えばいいだけだろ」
「それもそっか」
納得いったように言うと、小豆は叫んだ。
「昨日のオッサンのばっかやろー!」
「そうだそうだ、その調子だ」
無責任に囃し立てる。
「面白がってるオッサンもばっかやろー!」
「心外だな、ガキ。多分俺が一番お前の心配をしてるぞ」
「そうかな?」
「そうだよ」
自分のために使われた様子がない金。不登校。パパ活。彼女には不安要素が多すぎる。
「ねえ、電話番号交換しない?」
俺の傍に歩いてきて、小豆は言う。
「証拠が残るようなことはしないんだ」
「そうだね。相馬は私が誘った人の中で一番マトモだ」
「マトモな奴が女子高生のパパ活なんかに付き合ったりしねえよ。俺もお前も十分道を外れてるんだ」
「そうだね。私のせいだ……」
「お前、名字はなんだ?」
「吾妻」
「吾妻小豆、か。いい響きだな」
そう言って、俺は小豆の掌に二万円を叩き付けた。
「なんに使うかは知らんが、血税から出た金でな。無益に使うなよ」
「うん……ありがとう」
小豆はそう言うと、財布にお金をしまった。
やはり妙だ。小豆の財布には、千円札が一枚しか入っていなかった。
彼女は、どういう生活をしているんだ?
そんな疑問が、俺の中でどんどん大きくなっていた。
+++
その日、俺は警察署でパソコンを起動して、超対室のデータベースにアクセスした。
吾妻小豆という名前を検索する。
彼女は、すぐに見つかった。
写真の中の彼女は黒髪で、青を基調にしたセーラー服を着ていた。
「なにしてんの? 相馬」
「いや、ちょっと調べ物をな」
「交通事故で稼ぎ頭の母が死亡。中々ハードな人生だね」
俺は彼女に言われて、彼女に関する備考の欄を見た。
確かに、そう書いてある。
「でさ」
楓が耳元で囁く。
「この子が、あなたのカノジョ?」
俺は慌てた。後ろ暗いことは十分にある。
「馬鹿言え」
「じゃあこの写メはなんだろう?」
楓はとぼけた調子でスマートフォンを操作し、一枚の写真を表示させる。
そこには、弁当を食べている俺と、その隣で泣いている小豆が写っていた。
「いや、やましいことはないんだ」
「じゃあなんで女子高生泣かせてんのよド屑」
楓の声は冷たい。目には赤い光が宿っている。
返答を間違えれば殺られる。
そう思った。
結局、素直にことのあらましを話すしかないという結論に至った。
「数週間前、彼女に声をかけられた。オッサン、遊ばない? とかなんかそういう系の」
「そんな怪しいのにホイホイついてったわけ?」
「補導する必要があるかもしれないと判断した。それに……」
「わかるわよ」
そう言って、楓は苦笑した。
「この子、なんか節子と雰囲気似てるもんね」
「ん……うん」
それが一番後ろ暗い。
未だに節子の後を追っている。そう思われるのが怖かった。
話の軌道を修正する。
「それでな。一緒に遊んでいる写真を人質……質か? に取られて付き合ってたわけだ」
「なるほどね」
「俺が夜勤でいない間に他の相手を誘って、ホテルに連れ込まれそうになって怖い思いをしたんだそうだ」
「ねえ、なんで補導しないの?」
「妙なんだ」
「なにが?」
「ここ数週間、毎日それなりの金額を要求されてた。けど、彼女は新しい服を買うどころか、穴が空いたりほつれたような古い服ばかり着てくる」
「それは妙ね……バックとかも古いまま?」
「ああ。女性の趣味はわからんからどういうものかはわからんが、古いままだ」
「どこに金が流れているのかしら。この父親、働いてるの?」
「色々と、調べなくちゃならんな」
「手伝うよ。後ろで聞き耳立ててる連中もね」
「俺は立ててないぞ」
大輝がぶっきらぼうに言う。
「いの一番に聞こえてますってアピールした人間が聞いてなくてなんなのよ」
呆れたように言った楓に、大輝は黙り込む。
「超対室の力、見せてやろうじゃない……!」
「畑違いだと思うけどなあ」
室長が小声で、呟くようにそう言った。
楓はそれを聞かなかったように、周囲の人間に指示を出し始めた。
第二話 完
次回『ありがとう、そしてこれからも』
相馬のターンは次回でひとまず終了です。




