彼と、彼女の将来
「話したいことがあるんだ」
アラタがあらたまって言うものだから、私は戸惑った。
「俺の、進学についての話だ」
「……うん、聞くよ」
「道場へ行こう。邪魔が入りにくい」
そう言って、彼は道場へ向かって歩いていった。
道場の電気を点ける。
そして、二人は正座で向かい合った。
「将来の響との生活とか色々俺なりに考えて、ある結論が出た。正直、超対室に長くいるのは不可能だと思うんだ」
アラタの一言に、私は驚いた。
ずっと彼は戦いを求めていくものだと思っていたからだ。
「実際、今日のような危険な目にあう。翠さんは超対室に骨を埋める気らしいが、長生きをする気はないのだろう。そうなると、俺はどうなる?」
「普通の高校生だね」
「それを、有名大学の大学生にして、超対室の給料を超える、いい会社の社員にしたい。俺は、金銭面で、響に苦労してほしくはないんだ」
「平和な日常を生きる日が来ると……?」
「ああ、二人でだ。だから、この一年は我慢しよう。何度も新幹線で会いにくる。たった一年だ。俺は俺達の絆を信じる」
「浮気、するかもよ?」
「メールも沢山打つ。寂しい思いはさせない」
「傍にいないと、寂しいよ」
アラタは立ち上がり、私を抱きしめる。
細身だけれども筋肉がつまった、弾力のある体。
「寂しい時はいつだって言え。夜に電話をかけるから」
「……一年間、いないんだね」
それを言葉にしたら、実感が襲ってきて、涙が流れてきた。
「ああ。たった、一年だ」
「長いよ。私達、まだ十数年しか生きてない」
「あっという間だよ。あるいは、互いを忘れそうになるかもしれない。だから、電話は沢山しよう」
「……追いかけていく。東京の大学、探して、追いかけていく」
「ああ。東京で、もう一度会おう」
アラタは私を離すと、微笑んだ。
私は微笑もうとしたが、涙が次から次へと溢れ出して、アラタの膝に顔を埋めた。
「大丈夫。あっという間さ」
そう言って、アラタは私の頭を撫で続けた。
+++
「晩御飯の準備の手伝いしてくるね」
目を赤く泣きはらした響が、気丈に微笑んでそう言う。
「ああ、わかった」
響は走っていく。
それを見計らって、アラタは周囲の気配に声をかけた。
「出歯亀とは品が悪いぞ、勇気」
「いや」
勇気が物陰から出てくる。
「師匠の家に来る口実もなくなっちゃいますね」
「腕、磨いとけよ」
「師匠は努力の天才です。師匠と同じ修練をしてたならついていけるかもしれませんが、我流では私には限界があります」
「たまに帰ってくるからその時な」
「わかりました」
しばし、沈黙が漂った。
「……俺、本当にこの場所からいなくなるんだな。十数年も過ごしたのに」
「ノスタルジーですか?」
「そんなとこ。じゃあ、稽古するか」
「石神幽子に関しては?」
「葵が後藤寺文雄の脳を解析している。近々、決着がつく。お前も、準備をしておけ」
「はい!」
勇気は猛々しく返事をした。
こんな毎日も悪くはない。
けど、死と隣り合わせの生活で結婚相手を苦しめたくない。
アラタは、板挟みの状況にあった。
第十話 完
次回第二十五章最終話『俺は男だ!』




