帰還
そこには、十匹近くの猫がいた。
今は、一匹もいない。
男が、その道を歩いて行く。
そして、寂しげに座っている老婆に声をかけた。
「隣、いいですかね?」
「ええ、ええ。最近は寂しくてね。話し相手もほしいところだったのよ」
「それは良かった。俺も、話し相手が欲しかった」
そう言って、男は柔らかく微笑む。
「猫を飼っておられましたね」
「飼ってたなんて上等なものじゃないよ。餌をやってただけさね」
「え、そうなんですか?」
「そうよ」
老婆は滑稽そうに笑う。
男は愕然とした表情になった。
「どうしたの? ショックを受けたような表情になって」
「いえ、俺は猫と話ができるんですよ。猫は、あなたに飼われているつもりだった」
「図々しい猫もいたものね」
老婆は滑稽そうに笑う。
男は再び愕然とした表情になる。
しかし、すぐに冷静さを取り戻し、微笑む。
「猫はあなたに感謝していました。また、猫があなたの近くにやってくると思います。可愛がってやってください」
「やあよ。猫はもうこりごり」
「けど、話し相手がいないと愚痴るよりはいいでしょう?」
「……それもそうね」
そう言って、老婆は苦笑した。
「では」
男は立ち上がる。
「もう、行くの?」
「必要なことは伝えましたから。猫は皆、あなたに感謝しています」
「そう……なら、少しは救われたのかもしれないわねえ」
男は去っていく。後ろ髪を引かれるような思いで。
しかし、今の自分になにができよう。
すれ違った野良猫に、餌をくれる人がいると教える以外になにができるだろう。
もはや自分は猫ではなく、人間なのだ。
自分の体を見つけ出す時まで、それは変わらない。
鼻の奥がつんと痛くなる。
(そっか。こんなに痛いから人間は泣くんだ……)
そう思いながら、男は歩き続けた。
第九話 完
次回『彼と、彼女の将来』




