始まりの地
早朝、稽古の前の柔軟運動中、アラタは考え込んでいた。
「どうしたんですか? 師匠。ぼーっとして」
勇気が戸惑うように言う。
「深慮遠謀を考えている人間にぼーっとしてるはないんじゃないか」
「柄じゃないですよ。師匠は脳筋なんだから」
自分のイメージがそんなのなのかと思うと抵抗があるが、反論の言葉も思いつかないので黙り込む。
「響さんとすれ違ってる件ですか」
「うん」
「師匠が悪いんですよ。早いうちに言わないから、相手が先に知って、どんどんドツボにはまっていく」
「俺としては、響のためでもあったんだがな」
「なら、なんで直接そう言ってあげないんです?」
アラタは黙り込んで、しばし考え込んだ。
しかし、答えは明白だ。
「責任を彼女に丸投げするように感じてな……」
「……喜んでくれますよ、きっと」
勇気は、慰めるようにそう言った。
+++
超対室に入ってきた人物を見て、楓は焦った表情になった。
「響ちゃん、なにしにきたの」
「お仕事手伝えることはないだろうかと思いまして」
「後藤寺文雄の捜索は今やってるところよ。力馬鹿に居場所はないわ」
私は友好的に微笑む。
「今さらりと力馬鹿って言いませんでした?」
「邪魔だって言ってるの」
楓は、淡々とした口調で言う。
「アラタが怒るからですか」
楓はしばらく考えていたが、そのうち溜息を吐いた。
「それもある。私としては、アラタくんとは長く友好な関係を築いていたいからね」
「私は元ソウルイーターです」
そう言って、私は自分を指す。
「スキルの才能も許容量も私の方がアラタより上です。どちらを取りますか」
「アラタくんね」
そう、楓は淡々と言った。
「経験値が違いすぎる。彼は一人前の戦士だわ。それに比べればあなたはひよっこよ」
ここまではっきり言われるとは思わなかった。私は下唇を噛む。
そして、しばしの時間が流れた。
楓は一つ、小さな溜息を吐いた。
「パトロール行くけど、来る?」
「はい!」
私は前を向いた。
歩いていこう。なにかが見つかるまで。
連れてこられたのは、駅前の元商店街だった。
元、というのは、今はシャッター街になって機能していないからだ。
老婆が一人、寂しげに座り込んでいた。
「警察の者です」
そう言って、楓は老婆に警察手帳を見せる。
「今日は千客万来だねえ」
そう言って、老婆は苦笑する。
「待っているのですか?」
「まあねえ。私にとっては、家族みたいな存在だったからねえ」
そう言って、老婆は遠くを見るような表情になる。
「それでご近所トラブルもあったから、捨てられてしまったのかもね」
そう、老婆は寂しげに言った。
「ここに、十匹程度の猫が暮らしていた」
楓は淡々とした口調で言う。
なるほど、周囲に猫の排泄物の臭いがするわけだ。
「それが、ある日、消えた」
「消えた……?」
そこまで言って、はっとする。
ネクロマンサーが蘇生した男の中には、猫の魂が入っていた。
「ここは、始まりの場所なのかもしれない」
老婆は、怪訝そうな表情で楓の説明を聞いていた。
「なにか気がつくことはある? オーガ」
「……血の臭いが、薄っすらと」
楓が、戸惑うような表情になる。
「血?」
「ごく少量です。ティッシュで拭ったら消えるような」
「それ、絶対ありかを見つけて。サイコメトラーに調べてもらうわ」
「わ、わかりました!」
歯車が動き始めた。そんな実感があった。
第六話 完
次回『決定的な一撃.』




