氷帝対ネクロマンサー
「英治を復活させ警察署を混乱させ、あわよくば壊滅させようとした罪。響ちゃんを誘拐しようとした罪。死体に猫の魂を入れた罪。他にも色々あるでしょう? 自分の罪を数えなさい」
そう言って、楓はネクロマンサーを指差す。
「罪。罪か……」
呟くようにネクロマンサーは言い、考え込む。
「しかしそれで君達は英治という友人を取り返せた。私のネクロマンサーという能力で」
「結果論ね。あなたの目的は署の混乱だった」
「ふむ。君の名は?」
「氷帝、中原楓」
「中原……? そうか。私のデータベースには随分と遅れがあるようだ。私は後藤寺文雄という」
その瞬間、私と楓の周囲に氷の壁が出来上がった。
文雄は苦い表情になる。
「本名を出せば隙をつけると思った? あなたが細胞を周囲に散らしていることは察知している」
「ふむ。これは難敵だ」
文雄は手を前に差し出す。
「正面突破といこう」
手から手が生え、それが幾重にも重なって伸びていく。
それは、物凄い速度で楓の喉を狙った。
一閃。
地面から映えた氷の刃が手を両断する。
そして、斬れた手は即座に氷漬けにされた。
しかし、それはフェイク。
頭上に、もう片方の腕が伸びているのが見える。
それも、氷漬けにされて地面に落ちた。
「流石は氷帝。見事な腕前だ」
この場には相応しくない、穏やかな拍手が周囲に響き渡る。
その姿は、隙だらけに見えた。
「爆ぜろ!」
そう言って、私は手を握る。
ネクロマンサーの体が燃えて、爆ぜる。
その破片は周囲へと舞った。
頭がスケート選手のように回転し、私を一瞬睨む。
「いけない!」
そう言って、楓が周囲を囲む氷の壁をさらに高くする。
その刹那、破片が自ら動いて、警察署から離れていくのが見えた。
「やるなら頭よ」
そう言って、楓は自分の頭を軽くつつく。
「逃したわね」
「余計な真似をしてしまったようで、ごめんなさい」
私は、小さくなるばかりだ。
「私の仕事はあんたを守ることだ。守られてくれたならそれでいい」
そう言って、楓は手を頭上に掲げる。
幻想的な光景だった。
警察署の駐車場と入り口に氷が走っていき、そして消える。
そして、私達を囲む氷の壁も、夜の闇に消えていった。
「しかし、あれだけバラバラにされて生きてるかね、普通」
呆れたように言った楓だった。
ネクロマンサー。その肉体も、作り物なのかもしれない。そう思うと、果てのない道に放り出されたようで、私は小さく震えた。
+++
その日、私が家に帰ったのは、二十二時を過ぎてからだった。
風呂上がりのアラタが心配そうに出てくる。
「遅かったな」
「ちょっと超対室に行ってたの」
「あまり感心しないな。利用されるだけだぜ、あんなとこ」
「仕事だなんだって毎回かりだされている人が言っても説得力ないわね」
そう言って、私は靴を脱ぎ、廊下を歩き始める。
「ネクロマンサーと会った」
アラタが、息を呑むのをわかった。
「どうなった?」
「バラバラに爆破してやったけど、生きてた」
「……そうか」
「うん」
「護衛はついていたのか?」
「楓さんが」
「それなら安心だ」
胸を撫で下ろすようにアラタは言った。
「まるで父親ね」
呆れたように私は言う。
「勝手に子供の周囲を固めて、危ないことはしないようにって。この世界にあなたが足を踏み入れたのは、私がきっかけなのよ?」
「それはそうだがなあ」
「それに、自分で守る気はないみたいね」
「守りたいさ」
アラタは言う。
「なら、なんで離別の道を選んだの?」
私の冷たい目が、アラタを捉える。
「それは、なんていうか、馬鹿らしい男の見栄というか。わかってくれないかな」
「有名大学だろうと、無名大学だろうと、アラタは、アラタでしょう? 私がそんなことであなたを判断すると思った?」
「けど、世間はそうは見てくれない」
正論だ。
私は深々と溜息を吐いて、家の中を歩いていった。
アラタは、ついては来なかった。
彼は選んだのだ。名声と私を天秤にかけて、片方を。
切ない気持ちが体の中に満ちて、涙を押し上げてきた。
第五話 完
次回『始まりの地』




