猫
変だった。
視界がやけに高い。
そして、四足歩行がし辛い。
体と相談して、人間がしているような二足歩行を試してみると、しっくりときた。
そして、彼は駆け出した。
休む間もなく、四足獣特有の俊敏さで。
窓を破り、外へと飛び出す。
そして、屋根の上を駆け始めた。
そして、車の前で驚いて、立ち止まった。
そこで戦闘して捕まってからのことは、覚えていない。
ただ、俺も金玉取られるのかな、なんて思ったことは、やけに鮮明に覚えている。
+++
「猫ですね」
超対室で、翠は戸惑うように言う。
「猫?」
その場にいた全員が戸惑うように言う。
ざわめきが部屋を満たし始めた。
男は目を覚まして、拘束具に激しく抵抗している。
「ああ、ごめんね、ごめんね」
そう言って、翠は男の頭を撫でる。
抵抗が、少し柔らかくなった。
「猫の魂が人の体に移植されています」
「ネクロマンサーの作った肉体かしらね」
楓の言葉に、場に静寂が訪れる。
「その可能性は高いですね。しかし、御しきれなかったというのが実際のところなんでしょう。ソウルリンクも切られています」
再び、場にざわめきが起こる。
「じゃあ、なんだ? こいつは、このまま何十年も生きるのか?」
英治が、戸惑うように問う。
「まあ、本人の意志次第ですかねえ……」
翠はどうしたものかと言いたげに返す。
「人間の脳みそを持ってるのよ。二足歩行にすぐに切り替えた判断力もある。普通の人間に育てることができる可能性もある」
楓が、親指の爪を噛みながら言う。
「それがこいつにとって幸福かは別だがな」
相馬が、淡々とした口調で言う。
「わかってるわよ」
楓は鋭く返す。
「わかったことがある」
楓は、言葉を続ける。
「ネクロマンサーはこの地で活動を続けている。多分、石神幽子と共に」
場の空気が引き締まった。
「サイコメトラーを呼ぼう。早速彼の足取りを逆探知する。大輝、護衛を頼む。猫の移動範囲は狭い。皆、行方不明になった猫について情報収集してきてくれ」
室長が指示を出し、皆が動き始める。
「冬だから死んだ猫も結構いると思いますけどね」
楓はぼやくようにそう言った。
室長は、反論しなかった。
+++
「無理だよぉ」
葵が悲鳴のような声を上げる。
「やるしかあるまい」
大輝は淡々とした口調で言う。
「屋根の上だぞ? やってらんねーすわ」
「大丈夫だ。お前が落ちる前に俺が掴んでやる」
「しがみついてていいか」
「……その状態でサイコメトリーできるならかまわんが」
「高いとこ嫌い。高いとこ嫌い」
「あー、うだうだ言うな、行くぞ」
そう言って、大輝は葵を抱えて屋根の上に飛び移る。
葵は腹をくくったらしく、素直に屋根を撫で始めた。
「足跡の気配がある……」
彼の目は、赤く輝いていた。
その目が捉える世界を、大輝は知らない。
「こっちだ」
そう言って葵は歩き始めて、足を滑らせた。
その襟首を、大輝は掴む。
思ったより、難儀する仕事になりそうだった。
第三話 完
次回『栄光』




