炎使いは踊るように
「緊急事態だ。英治が外へ出た。総員発見したら確保してくれ!」
室長が無線に向かって叫んでいる。
私は駆けて、警察署の正面に出た。
炎が目の前を掠めていった。
「楓ぇぇぇエぇ。なんデソウルいーたーを俺の独房に入レた?」
英治は滑舌が悪くなっているのか、不可思議な発言でそう言った。
「英治を治すためだよ! 元の状態に戻すためだよ!」
「黙レエエエエエエ!」
炎の嵐が巻き起こる。
それは一直線に私へと向かってきた。
大輝が私の前に立ち、炎の壁を作って守ってくれた。
「まったく」
大輝はぼやくように言う。
「いつまで、過去の罪を突きつけられるのか」
その言葉には、疲れが滲んでいた。
彼も後悔しているのだ。自分の行いを。
誰も幸せではない。そんな空間がここにはあった。
大輝は地面を蹴って前へと飛ぶ。
鬼とドラゴンを吸収して強化された身体能力。
それは車の速度を超えて二人の距離を縮めた。
英治は前に手を置いて、炎の渦を盾にする。
大輝も、炎の壁を手に浮かべて前へと差し出す。
二つの炎がぶつかって、かき消えた。
そして、大輝は英治の腕を捻っていた。
「楓さん、今のうちにソウルリンクを」
「うん!」
私は駆け出して地面に落ちた紐を拾い上げようとする。
その紐が、急に跳ねて位置を変えた。
「っつ!」
大輝が後退する。その右手は焦げていた。
「常人ナらば痛みでスきルを使エなくなるんダロうが……」
英治は淡々とした口調で言う。
「今ノ俺ニは、痛覚がナい」
「調子に乗るなよ。お前如きバラバラにするのは手間ではないんだからな」
そう言って、大輝は左手で英治を指す。
「俺をマた殺スか? ソうルイーたー。心を入レ替エたと思ってイタが、本質的ニは変わってイないんだな」
「お前はスキル犯罪者だ。今の善は俺にある」
二人が話しているうちに、紐を追いかける。
英治が微妙に立ち位置を変え続けているので、紐は引きずられて位置を変える。
私は飛び込んで、紐を掴み取った。
魔力を込めて、紐を引っ張る。
「ヤめろ、楓エエエエエエ!」
その時、私は爆発的な魔力が自分を覆うのを感じていた。
死ぬのか。
そう考えて、目を閉じる。
しかし、最後の時は中々やってこなかった。
寒い。
凍えるような寒さが、私を包んでいた。
炎から守るように氷が私を包んでいた。
上空には、知っている人間の姿。
もしも運命の相手ではなくても、愛したあの人の姿。
「いけ! 楓!」
相馬は、叫ぶ。
私はソウルリンクを、作り出した氷の付加効果で消滅させていた。
英治がその場に倒れ込んだ。
大輝が風のスキルで私を包む氷の塊を破壊する。
「英治!」
私は、英治に向かって駆け寄る。
英治は微笑んでいた。
「時間、経ってるよなあ……」
そう言って、英治は苦笑する。
「お前の左手の薬指。リングあるもんな」
私は、どきりとしながら頷く。
「うん」
「結婚したのか?」
「娘もいるよ」
「時間経ってるわけだよな」
名残惜しげにそう言うと、英治はまた、睡魔に負けるように目を閉じた。
今度は、二日、三日と長い睡眠は止まらなかった。
第八話 完
次回『私はあんたの嫁で、あんたは私の旦那だ』




