女子会
「ということがあったのよね」
ことのあらましを話した私は、ラテを一口飲む。
ショッピングモールの喫茶店だった。
「相馬さんでも泣くことがあるんですねえ」
翠が戸惑うように言う。
「私もそれで二重ショックだわ。感情なんてない奴だと思ってた」
「それは言い過ぎでは」
シスター水月が苦笑する。
そして、言葉を続ける。
「死者と戦おうとしても駄目ですよ。死者は常に美しい記憶とある。心の中で完璧な存在に昇華されるんです。楓さんが悪いとかいうのではなく、相手が悪い」
「まあ、私だって節子のことをすっかり忘れられてたらキレるけどさぁ……結婚した後に離別を考えられてたっつーのがショックでショックで」
「解釈違いということもあるかもしれませんよ」
水月が言う。
「自分と結ばれなかった相手。節子さんを想って泣いたんじゃないでしょうか」
「それはそれでムカつくのよね。仕方ないけれど」
節子と相馬は仲の良いカップルだった。
過去を思い出してセンチメンタリズムに浸るのは仕方ない。
ただ、今、相馬の嫁は私、楓なのだ。
いつまでも過去を引きずられていたら困る。
「満足してないってことなのかなぁ……」
私は頬杖をつく。
「泣くとはな」
「これから楽しい思い出をたくさん作っていけばいいんですよ」
翠が励ますように言う。
「そしたらきっと、相馬さんの中の節子さんも小さくなっていくはずです」
「それはそれで複雑なんだけど……ああ、もう、なんでこんなややこしい相手と結婚したかな」
「電撃結婚過ぎてこっちが聞きたいです」
呆れたように言ったのは翠だ。
「ああ、愚痴を聞いてくれる相手がいるってのはいいもんだなあ」
私はそう言って、ラテの入ったコップを口元に運んで傾ける。
「まあ、お互い色々ありますからね。私は恭司のオタク趣味に困ってるし、水月は結婚相手が未成年だし」
「将来の結婚相手です。それも口約束で婚約した程度の仲ですが」
「いいのー? そんなこと言っちゃって。葵くん泣いちゃうよ」
「強い子に育ってほしいものです」
水月は悪戯っぽく微笑む。
子供を育て始めてから、日に日に水月はたくましくなっているように思う。
こういうのを見ていると、子供を持つのも悪くないかなと思うのだ。
私のもとに有栖が来た時、彼女はもう物心ついていた。赤子の育児の苦労を私は知らない。
けど、相手が相手だ。今は子作りなんて考えるのも馬鹿らしかった。
+++
有栖の寝息が部屋に響いている。
相馬がソファーから有栖を抱き上げて、布団に寝かせた。
そして、彼は私の隣に座る。
肩を抱かれて、私は咄嗟に彼の手をつねった。
「いてっ」
彼は手を引っ込める。
「……俺、なんか悪いことした?」
「べっつにー」
そう言って、両足を持ち上げて抱える。
運命の相手と思われていないのならば、いちゃつくのも馬鹿らしい。
「俺さ。お前には悪いと思ってるんだ」
「なにが?」
「節子との子供の世話をさせて。お前の子供はいないのに」
「自分で望んでしたことだ。悔いはないよ」
「……作らないか? 俺達の子供」
相馬は、真剣な目で私を見る。
私は顔が熱くなるのを感じた。
「馬鹿言わないで。私も寝るわ。明日も早い」
そう言って、私は立ち上がると、有栖の横の布団に入り込んだ。
相馬はソファーに座ってテレビを見ている。
今となってはお馴染みとなっている安らかな夜の時間。
今日は、テレビの音がやけに大きく聞こえた。
第二話 完
次回『幻のような』




