剣士対剣士
「それはなんでしょうか、師匠」
目の下に隈を作ったアラタがうつろな目で問う。
道場で、いつもの三人が顔を突き合わせていた。
「エアガンです。BB銃を発射するものですね」
「剣の場で何故それが必要になるかを問いたいのですが」
「備考を忘れましたね。違法改造をしたエアガンです」
「殺す気か」
アラタが平坦な声で言うものだから、吹雪は慌てて口を開いた。
「なにか考えがあってのことですよね、巴さん」
「話は単純明快です。アラタくんは私のように銃弾を切れるような不条理の領域へ辿り着きたいと願った。だから私は彼がエアガンの弾を斬ってくれると願った。それだけです」
「そうでしたね」
アラタは、我に返ったような顔になる。
うつろな目には輝きが戻り、表情に精気が宿る。
「まずは弾道を読むことです。銃口の向きで大体の弾道は予測できます。ただ、彼我の速度差は圧倒的。それをいかに覆すか」
「不条理の世界に足を踏み入れろということですね」
アラタは、真剣な表情で言う。
巴は微笑んだ。
「よくできました」
「不条理の世界には十分足を踏み入れています。今なら斬れる気がします」
「その自信が大事なんですよ。一ヶ月で常識は粉々になったはずです。やりましょう」
そして、二人は離れた位置に立った。
道場の端と端。
巴がエアガンを、アラタが真剣を構える。
巴はある一点に狙いを定めると、エアガンを撃った。
アラタが真剣を振る。
いや、振った瞬間は見えなかった。
ただ、振ったという結果だけが残った。
巴は歩いていき、地面に落ちたエアガンの弾を拾い上げる。
そして、アラタに見せた。
中心点ではないが、端っこが斬れている。
残りの大半は、アラタの腹部に突き刺さり、激痛を発生させている。
「いいセンいってますね。その腹の傷、手早く治しちゃってください。次があるんで」
アラタの目から再び輝きが失せる。
「これは夢だ、これは夢だ、これは夢だ」
「あら……ちょっと壊れちゃってましたか」
巴はそれでこそ面白い、と言わんばかりだ。
「形としては協力しましたが、正常な状態に戻して返してくださいね」
吹雪が不安げに言う。
「大丈夫です。不条理に身を置くはむしろ彼の本望」
アラタは無言で腹の傷に手を当てる。光が生まれ、治療が開始される。
「それでは二射目、いきます。忘れないで下さいね。斬れてるってことは、いいセン行ってるってことです」
アラタは獣のような目をして、一つ頷いた。
+++
幽子のワープ能力で、僕はある家の食卓の上に到着した。
白人の少女が悲鳴を上げて炎を撃つ。
それを間一髪で躱し、幽子は再びワープした。
そこは、空の部屋だ。
「ふむ。二人共留守ですか」
「寮住まいなのか?」
「そうですね。それじゃあ、最強の剣客と対戦してみましょうか」
「最強の剣客?」
「聞いたことありませんか? 王剣、アラタ」
僕は自分の表情が引き締まるのを感じた。
「彼もソウルイーターの側にいる人間なんですか?」
「そうですよ。彼はソウルイーターと交際歴もある。ずぶずぶです」
「ならば、俺の剣で正義を問うしかない」
「いいですね。好きですよ、そういうの」
「どうして右京は連れてこなかった?」
「彼女は、邪魔をしかねませんからね」
「戦力だと思うんだが……」
「君がアラタを倒し、私が後の有象無象を倒す。それで十分です」
「戦えるのか?」
幽子は、妖しく微笑んだ。
「戦えないとでも?」
「……そうだな。俺の能力も、君がいなければ開花しなかった」
「ええ、そうですとも」
「けど、最近こう思うんだ」
「なんて?」
「主人公ってスキルは、本当は皆の中に眠っているんだ。自分が変わるきっかけは至るところに存在している。それに一歩を踏み出せるか、踏み出せないか、だけだと」
「開花するのは稀です。皆横道へ逸れていく」
「ならば俺は王道を行くさ」
「ふふ。立派になったものですね。一ヶ月前は俯いて歩いていた青年が」
幽子は満足げな顔で言う。
「ただ、王道を進む保証はできないので、悪しからず」
「それは、どういう」
言い切る暇もなく、幽子のワープが始まった。
そして、僕は、道場に立っていた。
新聞で見たことがある。王剣アラタだ。
そしてどういうわけか、彼の対角線上にはエアガンを持った少女がいる。
「私がエアガン使いを止めます。君はアラタへ」
もう一人いた女性が、日本刀を滑らせてアラタの元へと届ける。
アラタは常人の目ではなかった。
きっと自分も、同じ目をしているのだろうと思う。
僕らは無言で、剣を抜きあった。
第八話 完
次回『主人公』




