一方その頃
「東雲流剣術か島津流剣術を学んだほうが良い気がするのですよ」
巴の思いもしない一言に、アラタは落胆した。
「東雲流にも島津流にも師匠を超える剣客なんていませんよ」
「初歩としてです。この二つの流派の特徴として、条理を覆す技がある。特に東雲流はその色が濃い」
「経験則ですか?」
「いえ、幸い当たることはありませんでした」
「幸いと言うと?」
「当たったら、どちらかが死体になって怨恨沙汰になっていたからです。至極単純明快な答えでしょう?」
つまらなさげに言う。
「けど、俺、東雲流の技を見切った経験もあるんですよ」
「それは興味深いですね」
「十赤華って技を一回見て弾きました」
「しかし、東雲流剣術はかつては妖術とされたほど手管が多い。色々と見て、現実と非現実の境目を曖昧にしておくべきです」
「それは、夢と現が混ざるような……?」
巴は遠くを見る。
「正気で修行を終えれられるかは私も保証しかねますが」
「……恐いこと言うなあ」
「退きますか?」
「いえ。俺は色々な戦いを乗り越えてここまでやってきた。新たな困難が目の前にやってきたと言うなら、乗り越えるだけです」
巴は唇の両端を持ち上げた。
「それでこそです」
そして、巴は歩いて、道場の扉を開けた。
そこには、思いもしない人物が立っていた。
「私のもう一人の新しい弟子を紹介しましょう」
「はあーい、アラタくーん」
吹雪が満面の笑顔で手を振っていた。
アラタは、しかめっ面になった。
「なんであんたがここにいる?」
「いやあ、巴さんって今や特権階級だから色々無茶が効くのよ」
「師匠って偉い人なんですねえ……」
「偉い人、の護衛です。自然と親しくなり、その偉い人に無茶を言ってもらうことは可能ですが」
「師匠、そこら辺不器用そうですけどね」
「否定はしません。しかし、努力はしています。吹雪。アラタに東雲流の妖術、あらかた喰らわせてくれますか」
吹雪の目に赤い光が宿った。
「全て返されては沽券に関わります。全力でいくけど、よろしくて?」
「それぐらいじゃなきゃ修行にゃならんよな……いいよ、好きに殴ってくれや」
アラタは全てを諦めて、手に握っているものの他に木刀をもう一本握った。
そして、数秒硬直する。
「竹刀じゃだめか?」
「危機感も大事なエッセンスだから木刀です。けどできるだけ頭は打たないようにね」
多少の怪我ならアラタも回復スキルが使えるから大丈夫なのだが、それを差し引いても優しいんだか厳しいんだかわからない。
「じゃあ、行きましょうかアラタ。不条理の世界へ」
「……ただで喰らう気はないからな」
「大丈夫だよ、アラタくん。十赤華が上位の奥義だもん。これから放つ技の数々はそれに劣る。ただ」
吹雪は目を細める。
「全て受けて正気でいられるかは保証できないな」
アラタは、呼吸を大きく吸って吐くと、吹雪に向かって木刀を投げた。
吹雪は迷うことなくそれを握りしめる。
「いっちょやるか」
「うん。いっちょやろう」
気だるげな口調とは裏腹に、互いのプライドを懸けた火花が道場に散った。
+++
「榊、榊……」
呼ばれて、僕は慌てて木刀を構える。
しかし、手には木刀なんてなくて、シャーペンが空中で回転して机に落ちた。
笑い声が上がる。
「サッカー部に入って大変なのはわかるが、授業中の居眠りはいただけないな」
教師が不敵な視線を向けてくる。
「それでは、天動説について説明してくれるかな」
教師の粘ついた視線が僕を絡め取る。
天動説。お手軽だ。中学でも習ったのを覚えている。
(あれ?)
天動説が地球を中心にして宇宙が回っている説で良いんだよな。
逆だったっけ。
そんな混乱が頭の中に訪れる。
うろ覚えとは恐いものだ。
右京が自分のノートをテーブルの端に滑り込ませた。
それを見て、なんとか答えることができた。
「いいとしよう」
教師はつまらなさげに言うと、次の解説に移った。
「右京っていつ寝てるの?」
「私四時間寝れば動ける体質だから」
「長距離トラックで一儲けできそう」
「今って払いいいのかねえ」
授業を無視し、小声で話し合う。
青春してるって感じだった。
この後には、部活動と訓練が待ち受けているのだが。
主人公は厄介事も身に受けなければならない。
僕はほんの一瞬だけ、顔を覆った。
第六話 完
次回『一ヵ月』




