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ソウルキャッチャーズ~私は一般人でいたいのだ~  作者: 熊出
第二十三章 スキル『主人公』
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大成功

 試合は、日曜の朝十時に始まった。

 お互いウォーミングアップを済ませ、フィールドの中央で礼をする。


「お願いします!」


 数十の声が重なった。

 そして、試合が始まった。


「君のカレシはベンチか」


 唐突に声をかけられて、右京は飛び上がりそうになった。

 血のように赤い着物を着た少女が、いつしか隣に座り、下駄を足の指に引っ掛けて揺らして遊ばせていた。


「そういうのとは違います」


 右京は照れ臭い思いを噛み殺しながら言う。そんな誤解を受けたのは生まれて初めてだ。


「失礼。君の友人はベンチか。残念だな」


「師匠ですからね。見届けますよ」


「君から見て彼の剣の才はどんなものだい?」


「……底が見えませんね」


「王剣と戦ったらどちらが勝つだろう?」


「それは王剣ですね」


 即答だった。


「経験値が違いすぎます。ただ……」


 そう言って、右京は考え込む。


「将来的にはどうなるかって、期待を持っちゃうんですよね。どうしてか」


 それは、慎一郎のスキルである主人公の効果なのか、彼女自身の冷静な判断なのかは、迷うところだった。


「そっか。それは重畳」


 そう言って、少女は立ち上がる。


「見てかないんですか?」


 右京は戸惑うように言う。


「多分あと数分で慎一郎の出番が来るわ。結果は確信しているから私は散歩でもしてくる」


 そう言って、下駄を履き直して少女は歩いていった。


「あなたのお名前は?」


「石神幽子。幽霊みたいな子って書いて、幽子よ」


 そう言って、彼女は手を振って去っていった。

 そして数分後。

 ホイッスルがなった。

 ボールをクリアしようとした選手が、ボールをキープしていた選手のかかとを蹴ってしまい、周囲は騒然とした空気に包まれた。

 そこで出てきたのが、慎一郎だった。




+++




 久々のフィールドに僕は立っていた。

 心地よい。帰ってきたという気がする。

 ここ数日の練習で、ブランクは感じたし、ある程度埋めもした。

 パテで虫歯を埋めていつ穴が空くか待っているような不安感もあるが、メッキの主人公は頑張ろうと思う。


 相手のファウルで試合は止まり、こちらのフリーキックから試合が始まろうとしていた。

 僕は冷静に、左ウィングにボールを回して前へと進む。

 そして、ボールが返ってきてワンツーが決まる。

 目の前にキーパーが迫ってくる。


 左右どちらに行くか。前進するか。

 キーパーは前進を選んだ。


(シュートコースはこれで大幅に削られた。勇気ある判断だ。自分の体格にも自信があるらしい)


 そこで僕は、足を止めた。


(だが)


 ボールを、蹴る。キーパーの頭上へと。


(一手遅い)


 ボールはキーパーの頭を越えて、弾みながらゴールラインをきった。

 ホイッスルが鳴り、歓声が上がる。

 僕は人差し指を立てて、センターラインへ向かって駆けた。


 僕は水を得た魚のようだった。

 ドリブルで敵を抜き、僕を阻止するために動いた人員のせいで開いた大きなスペースにパスを回した。

 パスを受けた左ウィングがシュートをする。

 キーパーはボールを弾いた。

 そこにスライディングでボールの機動を変えてゴールへと押し込む。


 二点目。

 ハットトリックが見えてきていた。




+++




 多分、学校の面々に色濃く僕の姿が映ったのはこれが初めてだろう。


「慎一郎。ハットトリック、頼んだぜ」


「はい!」


 先輩は悪戯っぽく笑うと、僕の肩を叩いた。


「フォローするから期待してて」


「中盤にバンバンパス回すからな」


 左右のウィングが言う。双子らしく、どっちがどっちかわからない。


 しかし、後半は前半のように上手くいかなかった。

 僕はマンマークされ、パスは尽く遮られた。


(スタミナ、流石に全盛期ほど保たないな……)


 ならばしばらくはパスの起点になることに徹して、体力の回復に努めよう。

 そうしていたら、背中を押された。


「行け!」


 笑うような先輩の声だった。


(これだから体育会系って奴はー!)


 僕は駆け足でゴールへと向かった。

 先輩が僕に変わってパスの起点になり、右ウィングにパスを回す。

 そこからセンタリングが上がる。

 それを阻むようにディフェンダーが一人。


 ディフェンダーと競り合って、ヘディングでボールを地面に落とす。

 全員が上空に視線を奪われている中、僕だけがいち早く地面を見ていた。

 落下したボールを蹴ると、キーパーの手とディフェンダーの足の間を通り抜けてゴールに突き刺さった。


 ハットトリック達成。

 これ以上ない出来だった。




+++



 試合終了のホイッスルが鳴った。

 スタミナを使い切った僕は、その瞬間をベンチで迎えていた。


「しーんいーちろーう」


 そう言って駆け寄ってきた先輩が首に腕を絡めて締め付けてくる。


「なんでサッカー部入らなかった、お前」


「本当だよ。こんな技術を持ってるとは知らなかった」


 同級生が言う。


「どうかな。これを機にサッカー部に入るというのは」


「俺なんかが、サッカー部に入っていいんですか?」


 僕は、戸惑うように言う。


「大歓迎だ。さあ、整列しよう」


 こうして、サッカーの試合は終わった。

 四対二での勝利。

 僕がいなければあり得なかった勝利だった。



+++




 気分良く家に帰る。今日は褒められすぎて、明日が恐いぐらいだ。

 下駄の音がした。


「またお前か」


「満喫してるね」


 小馬鹿にしたように赤い着物の少女は笑う。

 どうしてだろう。今日は彼女の着る赤から、血を連想するのは。


「サッカー部に入る気かい?」


「……そっちに気持ちが傾いてる」


「やめときなよ、時間の無駄だ。君は剣術をやるべきだ」


「そっちもやるよ。それで問題ないだろう?」


「体力保つのかい?」


「慣れると思う」


「へえ……」


「そうですよ」


 どこからついてきていたのか、右京が割って入る。


「サッカーはスタミナがつきます。剣道の練習を長時間やるにもスタミナがいります。一日二時間ぐらいなんてことないでしょう」


「まあ専門家が言うならそうなんだろうね」


 少女は、薄っすらと笑った。


「けど、余裕があるとは思わないことだ。怖い怖いソウルイーターはいつ現れるかわからないのだから」


 そう言って、少女は消えた。


「ソウル……イーター?」


 少女の言葉に、右京ははっとしたような表情になった。


「嘘……あの事件が、まだ続いているの?」


「どういうことだよ」


 僕は訊ねる。

 右京は、深く考え込むような表情になって、しばし黙り込んだ。


「千人以上がその事件で死んだって言ったら信じる?」


 僕は、息を呑んだ。

 ソウルイーター事件。

 謎の事件は、僕を戸惑わせるばかりだ。



第四話 完



次回『ソウルイーター事件のあらまし』

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