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ソウルキャッチャーズ~私は一般人でいたいのだ~  作者: 熊出
第二十三章 スキル『主人公』
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自分から動かなきゃなにも掴めやしないんだ

 スキル、主人公についてだんだんわかってきたことがある。

 それは、このスキルが、引き寄せるスキルだということ。

 今まで自分の知らない場所で起こっていた事件、出会い、一言で言えばきっかけのようなものが飛び込んでくるスキルだということ。

 これを十全に使いこなせれば、僕は間違いなくヒーローになれる。


 早朝の庭で、僕は倉庫からサッカーボールを取り出した。

 空気を入れて、リフティングを始める。二十回、三十回、四十回と続けていく。

 拍手の音がして、僕はボールを足で踏んでリフティングを終えた。


「サッカーをさせたらウイッチだね」


 右京だ。塀から背伸びしてこちらを覗き見ている。


「小学校まではサッカーと野球をやってたんだ」


「運動神経がいいわけだね」


「けど、中学校で両方終わりにしようと思った」


「なんで?」


「親父が勝手に野球部に入部届けを出しやがってな。俺は野球はさほど上手くなかった。下半身は出来上がっていたからそれなりに長打は打てたが、三振か長打かみたいなムラのある選手になってな。コンパクトな野球を目指した監督に干されて無事ベンチウォーマーだ」


「じゃあ、今からサッカーをやれば……?」


「ブランクが大きすぎる。三年だ。トップ層でやってる奴らに叶うわけがない。そう思って、俺は、手放すことを覚えた」


「今から諦め癖がつくのはよくないよ」


「まったく、その通りだ」


 苦笑して、リフティングを再開する。


「柄でもないことをしようとしてる」


「柄でもないこと? なんで?」


「主人公だからだよ」


 その日の午前中、学校につくと、僕は昨日人数集めをしていたサッカー部員に声をかけた。


「俺、小学校までサッカーしてたんだけど、混ぜてもらえないかな?」


 緊張の一瞬。陰キャでクラスカースト下位の僕の申し出を相手は喜んでくれるだろうか。


「助かったぜ。ベンチで休んでてくれるだけでいいから」


 満面の笑顔で、相手はオーケーをくれた。

 主人公補正って凄い。

 席に戻ると、隣の席の右京が微笑んでいた。


「一歩前進、だね」


「どうだろうな」


 悪くない気分だった。

 爽やかな秋風がふいた。




+++




 サッカー部への一時的復帰。女子達との出会い。順調な学校生活。

 昼の購買に足を運び、泣きそうになっている女子を見つける。

 購買の前は人が殺到している。


「どうしたの?」


「ほしいパンが売り切れそうで……」


「どれ?」


「ホイップパンです」


「いいよ、任せて」


 鍛えた下半身で強引に割り込み、パンを買う。

 そして、少女に手渡した。


「パン代頂戴」


「あ、ありがとうございます」


「いいってことよ」


「二年の方ですか?」


 内履きのラインでそう判断しているのだろう。


「まあそんなとこ」


「今度、お礼持ってきますので」


「いいよ、そんな。パン代だけおくれ」


「はい」


 彼女は慌てて財布を取り出すと、百二十円を僕の手に渡してくれた。


「まいど」


 そう言って、その場を後にする。


(なんだ今のイケメンムーブ……)


 自分でも引くぐらいの主人公ぶりだ。

 スキル、主人公。これがあれば僕の未来に不安はないのかもしれない。

 そして、帰り道。

 また、あの赤い着物の少女と出くわした。

 サッカー部の練習で遅くなったのに、わざわざ待っていたのだろうか。


「ちょっと歩くべ」


 そんな言葉が、口をついて出た。


「ふふ、どこへ行くの?」


「ついてのお楽しみさ」


 そう言って、歩くこと十分。

 紅葉の舞い散る道へと辿り着いた。


「君の赤そっくりだろ?」


「ふうん……」


 少女は、口元を緩めた。


「順調に、スキル、主人公に染まってるみたいね」


「そうかい?」


「以前のあなたに、女の子をデートスポットに誘う覇気はなかったはずよ」


「デートスポットて」


 そう言われてみればそうなので、僕は少々照れた。


「似合うって思っただけだ」


「そうね。ありがたい話だわ」


 煙に巻かれているようだと思う。


「そういやお前、昨日消えたけど、あれはどういう手品だウイッチ」


「手品じゃないわ。ワープよ」


「……魔法を見た今じゃ、戯言とは思えないな」


「自分から動かなければ歯車は動かない」


 唱えるように少女は言う。


「あなたに与えられるのはきっかけだけ。逃してしまえば二度と戻らない。下手をすれば魔法の解けたシンデレラになる可能性すらある」


 その可能性は考えていたので、僕の中から浮かれ気分は消えた。


「東雲流剣術を習いなさい。あなたが他のスキルユーザーに対応するにはそれしか手段がないのだから」


「他の、スキルユーザー?」


 訊ねた時には、少女の姿はかき消えていた。

 サッカー部の練習にまじり、帰って、ベッドに寝転がって、少女の言葉を考える。

 スキルユーザー。

 他のスキルもあるのだろうか。


 例えば、島耕作みたいに出世していくスキルとか。

 ウイッチ右京もスキルユーザーなのだろうか?

 なんとなく窓の外を眺めると、また右京が素振りをしていた。

 その姿を見て背筋が寒くなる。

 木刀は空中で煙のように消えて、着地点の寸前ではっきりと姿を現していた。


「他のスキルユーザー、かぁ」


 まあ、対策しておくにこしたことはない。

 僕は東雲家の庭に不法侵入すると、右京に声をかけた。


「よう」


「ひゃっ」


 右京の伸びていた背筋が反る。


「慎一郎くんかあ。チャイム押して玄関からきなよ」


「いや、面倒くさかったもんで」


「もうちょっとで家斬っちゃうとこだったよ」


 冗談なのか本気なのかわからない。


「なあ、俺にも教えてくれないか?」


「教えるって、なにを?」


「東雲流剣術」


 右京は目をぱちくりとさせて戸惑った表情を見せたが、それが徐々に柔らかい笑みに変わっていく。


「木刀の握り方から教わる気ならば」


「ああ。徹底的にやってくれ」


「いきなり派手な技は打てないよ」


「剣術って地味だもんな」


「それには異論があるけど、私はかまわないよ。鍛えて一年で一人前にしてあげる」


 スキル、主人公はきっかけを生むスキル。

 自分で一歩前に出なければなんの意味もないのだ。



第三話 完

次回『大成功』

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