モテ期
背中にぶつかられた衝撃と、勢いよくなにかが地面に落ちる音。
「わああああすいません」
「ああ、大丈夫。君こそ大丈夫?」
三つ編みの女の子が地面に落ちた大きな紙袋を一つ二つと持ち上げる。
そのうち二つを拾った。
「あ、ありがとうござます」
「なんてこたないさ。どこへ運ぶの?」
「美術室」
「ほいほい」
変な一日だった。
朝は転校生、昼はヤンキー、放課後は美術部の少女とそれぞれ接点ができた。
モテ期というにはまだ淡いが、主人公のような生活だ。
美術部に荷物を運んで感謝されて、その足で学校を出る。
途中、右京とすれ違った。
「なに、まだ学校残ってるの?」
「部活見学しようと」
「そっか、頑張れよ」
「うん」
純度百パーセントの笑顔が眩しい。
今まで僕が向けられたことがない類の笑顔だ。
それに背を押され、スキップでもしたい気分で学校を出た。
田舎の畑だらけの道を歩く。
走る風は肌寒い。
「なあ、サッカー部の試合に補欠として参加してくれないか?」
その言葉を聞いて、歩調が緩んだ。男子生徒二人が会話している。
「いや、無理無理。俺授業レベルでしかサッカーしたことないから」
「いいんだよ。人数的不安さえ解消されればいいんだから」
後ろ髪を引かれる思いで前へと歩いていく。
そのうち、声は聞こえなくなった。
落胆したような思いになる。
(いくら主人公補正が働いていても、俺はクラスじゃ陰キャだと思われてるもんな……)
「どうかの。主人公生活は満喫しておるか」
いきなり背後から声をかけられて、僕は心臓が跳ね上がらんばかりになった。
慌てて振り向いて距離を置くと、赤い着物の少女がそこには立っていた。
彼女は、下駄を鳴らしながら僕の隣に並ぶ。
「退屈そうな表情ではないの。満喫しているようで何よりじゃ」
「お前……本当に凄い奴なのか? こんな生活が、これからも続くと?」
「どうじゃろうのう。主人公は波乱に巻き込まれるのが運命じゃ。いつまで平和が続くことやら……のう?」
不吉な響きを残してその声は消えていった。
よそ見をした覚えはない。
だというのに、赤い着物の少女は最初からいなかったようにこの場から消えていた。
僕は背筋が寒くなるのを感じながら、家へと駆け足で帰った。
+++
夕方、寝ていると、部屋の外から声が聞こえた。
「ふんっ! ふんっ! ふんっ!」
窓を開けて、隣の家の庭を見る。
右京も、音に気がついて顔を上げた。その両手には、一本の木刀がある。
なんとなく片手を上げる。
「よ、よう」
右京も、苦笑してお辞儀をした。
「こんにちは」
「剣道部入ったの?」
「いえ、これは我が家に伝わる東雲流剣術というものの鍛錬よ」
「ほー」
迷惑がられるかな。邪魔になるかな。
そんな普段の思考が、今日一日の成功体験に覆された。
「俺も行っていいか?」
「いいよ」
そう言って、右京は木刀を下ろす。
僕は部屋を出て、家を出ると、ガレージから右京の家の庭へと入った。
右京はいつの間にか、もう一本の木刀を用意している。
「それじゃ、素振りからはじめましょうか」
「いや、基礎なら高校の選択授業で習ったんだ」
「と言うと?」
右京が戸惑ったような表情になる。
「立ち会いと行こうぜ」
「面白い」
右京は微笑んだ。
そして、容赦なく右京にボコボコにされた僕は、地面に座り込んだ。
「あー、主人公補正ついてても実力差は無理かあ」
「主人公補正?」
右京が戸惑うように訊く。
「いや、こっちの話」
「結構運動神経いいと思うけどね」
「……中学三年間ベンチウォーマーだったよ」
「それは意外」
右京はそう言って空を見上げて、しばらく考え込むと、人差し指を天に立てて言った。
「一つ、魔法を見せてあげよう」
「魔法?」
「東雲流剣術には魔法としか言えないような術がいくつかあるの。その中の、一つ」
「興味深いな」
「いくよ」
そう言って、右京は剣を引いた。
静寂が流れる。
風の音だけが周囲にしていた。
「十赤華!」
右京は叫んで、突く。
十本の木刀が、なにもない宙空を貫いていた。
しかし、それは右京が引くと、一本の木刀に戻った。
僕は唖然とするしかない。
「どう?」
右京は微笑む。
「……ビックリ人間ショーに出れるぜお前」
「慎一郎くんも東雲流剣術を学べばウィッチになれるよ」
「いや、邪魔をした。部屋に戻るよ。貴重なものを見せてくれてありがとう」
「うん」
右京は笑顔だ。
主人公補正って凄い。陰キャの僕が女子から愛想だけではない笑顔で接してもらえるのだ。
第二話 完
次回『自分から動かなきゃなにも掴めやしないんだ』




