主人公の資質
どこまで行っても脇役だ。
勉強は頑張っても五十位以内に入ることはなく、スポーツでは万年ベンチウォーマー。女の子と話した経験も少なく、もちろん彼女ができたこともない。
平凡。
それが僕こと榊慎一郎の日常。
かと言って、なにかがひっくり返るような事件を求めているわけではない。
テロリストに学校が占拠されて僕が大活躍、なんて夢想をすることもあるが、あくまでも夢想だ。
そもそもその妄想も、銃にどう対処をするかの時点で詰んでいる。
高校に上がってからは帰宅部になって、自堕落に生きている。
溜息混じりの帰り道。今日の授業もよくわからなかった。復習の時間を多く取らなければならないだろう。
そこで、白昼夢のような光景を見た。
秋の紅葉を吸収したような赤い着物の少女。
白い肌が映えて、光り輝いているようにも見えた。
「ほう、少年。日常が退屈か」
急に声をかけられて、我に返る。
彼女は、下駄を鳴らしながら近づいてきた。
「残念じゃのう。お主には主人公になれる才能があるというのに」
「主人公の才能……?」
「そうじゃ」
彼女は頷く。
「あほらし」
一瞬は心動かされた僕だが、こんな戯言に付き合うほど子供ではない。
いつしか止めていた足を、再び動かし始めた。
そのすれ違いざま。
腹を、思い切り掴まれた。
体温が上昇していく。なにかが卵の殻を破って生まれようとしているような予感がある。
そして、彼女は僕の腹を離した。
「精々楽しむがいいさ。主人公生活をのう」
そう言って、好々爺のように声を上げて笑うと、少女は去っていった。
いつしか、肌寒い風が体の熱を冷ましていた。
なんだったんだ?
そう思ったが、家に帰ることにした。
玄関に入ると、母が料理の買い出しに出るところだった。
「お隣さん、引っ越し近いみたい。今日挨拶に来たわ」
「そっか。しばらく空き家だったもんな」
「なんか買ってきてほしいものある?」
「特にないよ」
そう言って、僕は自分の部屋へ行った。
目を閉じる。
思ったより疲れていたのか、睡魔は緩やかに僕を絡め取って睡眠の海へと引きずり込んでいった。
夢を見た。
揺れる卵。走るヒビ。そのうち卵の殻が欠け落ち、それは外へと動き出す。
火の鳥。
よたよた歩きで進むそれは、間違いなく何かを意味していた。
+++
土日はなにもなく過ぎた。隣の家に引越荷物が運び込まれていたが、なにも変わったことはない。
「なーにが主人公だよ」
ぼやくように言う。
変な子だった。
赤い着物を着こなして、平日の町を歩く少女。その姿は、周囲から見て明らかに浮いている。
(厨二病にもほどがあるよな)
少し期待していた面もあるので、溜息混じりに思う。
翌日、僕は遅刻しかけて慌てて家を出た。
そして、横から全体重をかけただろう体当たりを食らった。
地面に倒れ込む僕。
引っ越してきたばかりの住人に襲われる覚えはない。
「ご、ごめんなさい!」
「ああ、いや、大丈夫」
制服のズボンをはたいて立ち上がる。
「はー、流石男の人ですね。大して効いてないっていうか」
見ると、同じ学校の制服だ。転校初日で緊張しているのか、早口になっている。
「学校までの道、わかる?」
「うろ覚えです」
「じゃ、案内しようか」
「お願いできますか?」
そうして、僕らは駆け出した。
彼女の歩幅に合わせて走る。
彼女も運動部ではないらしく、さほど速くはなかった。
いや、むしろ遅い。
しかし、速く走られて置いていかれるよりはマシかもしれない。
そして、僕らは学校にたどり着いた。
「そんじゃ、学校生活楽しんで」
そう言って、僕は早足で歩いていく。
「ありがとうございました!」
彼女が言う。
そして、名前を聞き忘れていたことに気がついた。
まあいいだろう。お隣とはいえど異性だ。そんなに接点はあるまい。
そう思って教室でうたた寝をしていた時のことだった。
「今日は転校生を紹介するぞー」
響き渡る教師の声に、思い当たる節があった。
知らぬふりをして目を閉じ続ける。
「先日引っ越してきた、東雲右京です。よろしくお願いします」
薄っすらと目を開ける。
驚いたような表情をしている右京と、目があった。
間違いなく、僕が案内した少女だった。
「慎一郎。右京はお前の隣だ。廊下に机と椅子があるから運んでやれ」
「うい」
僕は立ち上がり、椅子が引っ掛かった机を運び込む。
「あの……ありがとうね?」
右京が、少し戸惑うように言う。
「なんてことはないさ」
僕は、淡々とした口調で言う。女性が苦手なので愛想を振りまけないのだ。
「君の名前は、なにかな」
なんだろう。
今の僕は主人公っぽい。そう思ってしまった。
第一話 完
次回『モテ期』




