契約1
夜、ベッドに寝転がる。
響にメールを送ると、すぐに返事がきた。
遊びに付き合うというメッセージだった。
僕は小躍りしたいような気持ちになりながら、ゆっくりと夢の中に落ちていった。
翌日の土曜日、僕はシャワーを浴び、髪を整え、服選びに三十分もかけて準備をすると、家を出た。
そして、ショッピングモール行きのバスに乗った。
そのうち、何度か停車と出発を繰り返しているうちに、その地名がアナウンスされた。
「次は広小路。お降りの方はバスが停止するまでお待ち下さい」
心音が高鳴ってくる。
もうすぐ会える。響に。
そして、広小路でバスは停車した。
ドアが開き、一人の少女が入ってくる。
帽子を目深にかぶり、サングラスをかけた彼女。しかし、その顔の彫りの深さまでは隠せない。
響だった。
僕は横に置いていた荷物を膝の上に置き、響を手招きする。
彼女は跳ねるように、僕の隣りに座った。
「誘ってくれてありがとね」
「いや、乗ってくれてありがとう」
「で、どこへ連れてってくれるのかな」
「ここらで一番大きいショッピングモール。カフェとか色々入ってるからゆっくり話せる」
「そりゃいい」
バスが発進した。
「どんなところを見てきたの?」
「色々見たよ。海賊の隠れ家みたいな細い湾。雲が飛ぶように過ぎ去る高い山」
「そこで、なにをしてたの?」
「思い出集め、かなぁ……母さんの体験したことを、味わってみたかったんだ」
「母さんも旅人?」
響は苦笑した。
「やだなあ。母さんは私みたいな住所不定無職じゃないよ」
「学校、行ってないの?」
「行ってたけど、やめちゃった」
僕は黙り込んでしまった。
「どったの?」
響が興味深げに覗き込んでくる。
「いや、悪いこと聞いたかなって」
「いじめとかが原因じゃないから安心して」
響は、悪戯っぽく微笑む。
そして、前を向いた。
「じゃあ、なんで?」
「色々あって、かな」
僕と同じぐらいの歳の少女が、学校をやめて日本各地を旅している。
不思議な気分だった。
凄い人といる。そんな気分になる。
「で、なんでそんな変装を?」
「有名人でね。カメラとかに写るとヤバイんだ。その点、この地は監視カメラが少なくていい」
冗談だろうか、と一瞬思う。
しかし、ここ最近テレビを見ていないので、新しいアイドルなどの情報には疎い。
もしかしたら、彼女が主役のCMが流れていたりするのかもしれない。
それが冗談にならないぐらい、彼女は見目麗しかった。
ショッピングモールに着く。二人でポップコーンを買い、映画を見た。
その後は、カフェで感想の言い合いだ。
話のテンポというか、相性が合う。そう思った。それが、無性に嬉しかった。
「私は嫌いだな、あんなはっきりしないエンドなんて」
「そうだったかな。主人公は最後独り立ちしただろ?」
「けど、孤独だわ」
「メリーバッドエンドとかビターエンドとかそういう分類じゃないかな」
「私は嫌だわ。そんなお茶を濁すような単語。バッドエンドはバッドエンドよ」
「じゃあ、君の旅はハッピーエンドで終わるんだ?」
響は、目を見開いて、意表を突かれたような表情になった。
その視線が、カップに落とされて、微笑み顔に変わる。
「そうありたいと思っているけど、そうはならないでしょうね。どこかで死ぬか、目的地に辿り着いて絶望するか」
「絶望? それって一体?」
「秘密」
そう言って、彼女はラテを一口飲む。
「今のは失言だったわ。私は元気にずっと旅を続けている。君は、そう思っててくれればいい」
僕は黙り込んだ。
それはきっと、彼女の人生に関わるキーだ。
迂闊に触れてはいけない。そんな雰囲気が流れていた。
「メールで励ますぐらいしかできないけど」
「うん。十分さー」
そう言って、足を前後に振りながら、響はもう一口ラテを飲んだ。
+++
日曜日も、響と一緒だった。家系ラーメン屋に行く。
「君は女の子の体重管理の苦労を知らないんだねえ」
どうやら呆れられてしまったらしい。
慌てて、話題を変える。
「響って、いつまでいるの?」
「んー。いつまでかなあ」
そう言って、響は顎に人差し指を当てて考え込む。
「ずっといてとは言えないよな」
「ホテル代だけでお金がなくなっちゃうよ」
そう言って、響は苦笑した。
「そういえばホテルの映画見たんだけどね。凄かった」
「ほう」
「PS1並の凄いローポリゴンの映画なんだけどさあ。ストーリーが面白いんだ」
その日は、響の話に熱中した。
響は話し上手で、その言葉は常に僕の好奇心を刺激した。
だから、僕は気が付かなかったのだ。
僕らの人生を決定づける、ある出来事に。
+++
「あーらーたー」
月曜日。教室に着くなり、健二がにやつきながら近づいてきた。
僕は戸惑うしかない。
「なんだよ」
「まったくもうお前も隅におけないなあ」
教室の空気も妙だ。何故か、僕に視線が集まっている気がする。
健二が肩を組んできて、スマートフォンを僕に突きつけた。
そこには、ラーメンを食べる僕と響の姿があった。
誰かが僕らを盗撮してツイッターに写真を投稿したのだ。
「どこの学校の生徒だよ、この美人」
「知らない」
「んなわけねえだろ。まだ学生って歳だぜこりゃ」
「CMとかで見たことないか?」
さり気なく、彼女が変装していた理由を探ってみる。
「出てるのか?」
健二が驚いたように、僕に顔を近づけてくる。
「いや、出てないならいい」
「なんだそりゃ」
気が抜けたように、健二が離れる。
「じゃ、お前もほとんどなにも知らないわけだな。親戚でもない。家族でもない。恋人でもない。友達でもない。お前達は、なんだ?」
核心を突いた質問だった。
「なんだろう……」
僕はそう答えるしかない。
自分の席に座るが、周囲の視線を感じて居心地が悪かった。
そんな中で考える。自分達はなんだろうと。
答えは、出なかった。
長い人生の中で、ふとさした影。そんな表現が、合っている気がした。
今日はたくさん投稿します。




