マイ・フェア・レディ
静流は、所有者を失った机と椅子を眺める時間が増えた。
魔法少女をしている彼女の席。
なにか事故でもあったのだろうか、と心配になる。
彼女のやっていることは自ら厄介事に首を突っ込んでいるようなことだ。
それを、注意できれば良かったのだが。
そしてある日、彼女はやってきた。
フリルだらけの衣装ではなく、学校の制服で。
「なにやってたんだ?」
早朝の教室で、彼女の傍にいき、訊ねる。
「警察に絞られてた」
「そんなことだろうと思った」
嘘だ。本当は、大怪我をしていないか、なんて心配していたのだ。
「けど、今度は警察の手伝いをすることになった」
「はぁ?」
思わず、大声を出す。
「平和に暮らすって選択肢はないのか?」
警察沙汰になってこの上彼女はなにをしようと言うのだろうか。
「大いなる力には大いなる責任が伴うんだよ」
「アメコミの引用はええから」
「私は守るよ。魔法少女だからね」
「魔法少女って歳かよ」
「手痛いな。マイ・フェア・レディって言ってくれる人もいるんだよ」
「皮肉じゃなくてか?」
灯火は苦笑する。
「わかんないよ」
沈黙が漂った。
「マイ・フェア・レディ」
「なに?」
「約束してくれ。怪我するようなことはしないって」
灯火はしばらく考え込んだ。
「大丈夫じゃないかな。私は後方支援役だから」
あてにならない答えだ。
静流は額に手を当てて、深々と溜息を吐いた。
今日もきっと、魔法少女は夢を見ない。
+++
「今回の敵の目的。それはこちらの戦力を削ることと、スキルキャンセラーの撃破でしょう」
室長は楓の発言に胡散臭げな顔になる。
「スキルキャンセラーは本庁勤めだぞ? 遠回りじゃないかね」
「けれども、私がスキルキャンセル能力を持っていなかったら巴が呼ばれていたはずです。そして敵は、私の能力を把握していない」
「ふむ」
室長は腕を組み、考え込む。
「また何か、大きな歯車が動き出したかね」
「ですかねえ」
「君はどう思う」
「厄介事になる気はビンビンしてますよ」
超対室では不穏な空気が流れていた。
+++
「不本意ながら力を借りる結果になりましたね」
「ええ。弟子だから当然のことです」
「不本意です」
しっぽを振る犬のようなアラタの反応に、巴は苦い顔になる。
「私から学びたいことがあるようですね」
「それは、もちろん、沢山」
「しかし私は二刀の短剣使いです。ロングソード使いに教えることは少ない。だから根本的なことを言います」
「はい」
アラタの目が輝く。
「条理を越えなさい」
「条理を……越える?」
不可解な言葉に、アラタは首をひねる。
「条理を越え不条理に辿り着く。それぞ超越者の真の姿なのでしょう。条理に囚われていては銃弾は斬れませんよ」
「うーん」
「難しく考えることはない。こう動けば防げる。そうシミュレートしてそれが現実になるように捻じ曲げるんです」
「世界を、捻じ曲げる?」
「ええ。これは元々そういう力でしょう?」
確かに、常識を破壊する力だと思う。
「難儀ですね」
「あなたの力量なら大抵の敵は倒せるでしょう。しかし、トップ層と当たった時には」
「当たった時には?」
「やはり必要になるでしょうね。不条理の力が」
「不条理の力……」
アラタは自分の手を見つめて、開閉する。
「弱気になりましたか?」
「いえ」
アラタは顔を上げる。
「新しい目標ができて、嬉しいばかりです」
巴はしばらく考え込んだ後、腕組みをして言った。
「あなたってたまにドマゾの変態かと思う時があります」
「滅相もない。強くなりたい。それだけです」
「その妄執はあなたの命を削りますよ」
アラタは、黙り込む。
「ここらで、満足しておくべきです」
「いえ、俺は退きません。大好きな人の日常を守るために」
巴は深々と溜息を吐いた。
「当面は行動を共にしましょうか」
「それでこそ師匠!」
アラタは身を乗り出す。
その口に、巴はじゃがりこを差し込んだ。
黙ってろということらしかった。
第二十二章 完
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