それは彗星のように
「走った!」
楓がそう言って車を発進させる。
あるビルから放たれた矢は放物線を描いて落下の起動を描いていた。
「スキルキャンセラーを囮にする。悪役の所業だな」
大輝が悪戯っぽく微笑んで言う。
「犯人を逮捕するためには手段は選ばないのよ」
楓は飄々とした口調で言う。
「スキル封印を受けてもこちらには楓のスキルキャンセラーがある。勝算は十分だな」
相馬は淡々としている。感情がないかのように。
その顔が、上を向いた。
「今日は娘と晩御飯を食べたい」
「ほんとねー」
楓はしみじみとした口調で言う。
「なんか二人共所帯染みたよな」
「五月蝿いよ」
大輝の言葉に、二人は異口同音に応えた。
車はビルへと辿り着いた。
既に、巴達の車が到着している。
そして、三人はビルの最上階に辿り着き、屋上の扉を開けた。
+++
時間は少し遡る。
巴とアラタはビルのエレベーターに乗っていた。
最上階から屋上への道を探すのは少し手間取ったが、すぐに見つかった。
扉を開ける。
一人の男と、少女が、こちらを見ていた。
巴の体が震える。
「見つけた……!」
その両手には次の瞬間、ダガーナイフが二本握られていた。
男は刀を巴に突きつける。
「お前は俺が残した汚点だ。やり残した仕事だ。誘き出せたなら丁度いい。家族の傍へ送って……」
言い切ることはできなかった。
巴が、男にダガーナイフを叩き付けていたからだ。
二刀流の俊敏な攻撃を男は次々に避けていく。
アラタは、少女の傍へと歩み寄っていった。
少女は、小さく震えて、後退る。
その手を捕まえると、アラタは手錠をかけて、もう片割れを柵につけた。
「巻き込まない。大人しくしていてくれ」
自由を失った少女は、泣きそうな顔で数度頷いた。
そして、アラタは唱えた。
「フォルムチェンジ……!」
正直、あの二人の戦いに割って入るには勇気がいる。
しかし、今はそれを振り絞る時だ。
巴一人では勝敗はわからない。けど、自分も混ざれば?
賽は投げられた。
アラタは前進する。
+++
巴は歯噛みしていた。
あれほど修練したのに。
あれほど鍛えたのに。
ダガーナイフが届かない。
紙一重で相手はこちらの攻撃を捌き切る。
「くそ、くそ、くそ、くそおお!」
焦ったのが悪かった。
悪寒が巴を襲った。
右腕を断たれる。その未来が、ありありと想像できた。
「師匠!」
アラタが男を背後から襲っていた。
男は振り向いて、片手でアラタの刀を止める。
チャンスだ。
巴は、攻撃に移った。
巴にも、男にも想定していなかったこと。
第三の戦士の登場。それも、自分達ほどじゃなくてもそれに近い域の。
それが、場のパワーバランスを崩し始めていた。
巴のダガーナイフで男の頬に線が走る。
赤い血が流れ、男の頬から地面に滴っていった。
「この薄汚いスキルキャンセラーの一族が!」
男は激高し、刀を振り上げた。
その右腕が、断たれた。
アラタの一撃だ。
とどめを刺せる。
ここから喉をつけば確実だ。
本当にいいのか?
大丈夫なのか?
こんな上手い話があるのか?
戸惑いは一瞬。
巴は男の喉に向かってダガーナイフを振っていた。
男は後方に回転しながらアラタを蹴り飛ばし、自分の右手を拾った。
そして、次の瞬間、炎を帯びた動物に変身していた。
「逃げよう、灯火。敵は思ったより強い!」
「無理だよ……この手じゃ、箒をつかめない」
そう言って、灯火と呼ばれた少女は死んだ目で手錠で繋がれた手を掲げた。
「それに、相手は警察なの? 私は、悪いことを、していたの?」
灯火の光を失った目が真っ直ぐに動物を見据える。
「あなたは、何者?」
動物は、黙って飛び去っていった。巴のダガーナイフがその後を追うが、相手の方が速い。
「あなた達ならわかるんですか? 私がなにをしていたか」
灯火は、巴達に問う。
巴とアラタは互いの顔を見合わせた。
その時、屋上の扉が開いた。
楓、相馬、大輝がやって来ていた。
第九話 完
次回『マイ・フェア・レディ』




