魔法少女は夢を見ない
全身で呼吸をしているようだと思う。それぐらい息が乱れている。フリルの付いたミニスカートは、着地点を見失って彷徨う鳥のように、前後に移動している。。
後方から銃声が何度か鳴り、それに怯えるような悲鳴が上がる。
牽制に、弓に矢をつがえ、弦を引いて三本放った。
一時的に銃声が止む。
私は天に手を伸ばし、箒を呼び出した。
それにまたがり、全速力で空を飛ぶ。
前髪が風で後ろに流れ、それでも凶器と狂気を持った人々から徐々に遠ざかっていく。
雲の上に出て、息をつく。
危ないところだった。
箒に乗りながら矢を放てたらいいのにな。
そう思い、箒の上で弓に矢をつがえ、弦を引く。
その瞬間、私は箒の上で反転して頭が地面に向いていた。
箒にしがみつき、矢を離し、位置を修正する。
「世の中、中々上手くいかないもんだなー」
「それでも君は立派な仕事をしているよ」
炎を纏った人形のような動物が声をかけてくる。
「そうかな?」
「ああ。今日も、世の中から悪を祓った」
「へへ。夜更かししたかいがあるってもんだよ」
私は位置を変え、狙撃を再開する。
この町には魔が多い。それ探知し、浄化の矢を放つのが私の仕事。
私は言ノ葉灯火。魔法少女だ。
そのうち、朝がやってきた。
今日も夢見ることなく一日が始まろうとしていた。
+++
「寝不足みたいですね」
「わかる?」
翠の言葉に、目の下に隈をつくった楓は弱々しい声で答えた。
「最近平和だと思ってたらまた緊急事態よ。どうなってるのかしら。いつからこの舞台はゴッサムシティになったのかしら」
「ここだけの話ゴッサムシティの方が治安がいいまであります」
「呪われてんのかなあ……もしくは、こんなスキルがあるとか」
「どんなです?」
「主人公」
楓は人差し指一本で天を指す。
「その人物を主人公とするために舞台が自然と整えられる。そう考えればこの異常事態の連続にも納得がいくわ」
「それ、私が犯人じゃないですか。持ってませんよ、そんなスキル」
「そうかぁー。五パーセントぐらいはそれに賭けたんだけどな」
「疑われて心外です」
「よう、翠」
そう言ってやってきたのは、湯上がりの相馬だ。
「相馬さん」
「今回は大輝だけで十分だ。お前達二人は頭数個分飛び抜けてる」
「呪われた力でも、ですか」
相馬の認識はそうだったはずだ。
「俺達は使えるものは使う主義だ。翠に休んでもらう今回は例外だな」
そう飄々と言うと、相馬は楓の座っている椅子の背もたれに両手を置いた。
「今度はお前風呂入ってこいよ。さっぱりするだろ」
「そうだね。寝不足も少しは解消されるでしょう」
「はー、早く開放されて三人で飯を食いたいもんだ」
「まったくね」
すっかり夫婦の会話だ。
翠は感心してしまう。
「あ、悪いけど有栖と俺の朝食の皿が流しに放置されてるから」
楓は立ち上がると、無言で相馬の足を踏んだ。
「でだ。話は聞いたか? ソウルキャッチャー」
「いえ、まだ」
「厄介な話だよ。これは巴にも関係する話だ」
巴。ここ最近聞かない名前だ。
「随分久々に聞きました。その名前」
「奴が出た」
翠は、戸惑うような表情になるしかなかった。
「巴の家族を皆殺しにした男だよ」
翠の表情が引き締まった。
第一話 完
次回『剣術少年は穏やかに過ごしたい』




