冒険を、望んでいた
冒険を、望んでいた。
登校中も、授業中も、部活の最中も。
地球は宇宙から見ればちっぽけだけれど、その中に色々な宝物が隠れているのだと、僕は信じていた。
時に、通学路から外れて、このまま自転車で走ればどうなるだろうと思うことがある。
貯金を使い果たすまで走って、どこまで行けるだろうと思うことがある。
ただの、妄想だ。
そんな勇気は、僕にはない。
決められたレールを走っていた。
外れれば、痛い目を見るのは自分だ。
わかってはいる。
けど、あこがれは消えない。
昼食中、不意に空を見上げる。
この学校という監獄に閉じ込められて、青春を浪費している気がした。
「なんか見えるのか? アラタ」
同級生の健二が、不思議そうに言う。
「お前にはわかんねえよ」
「わかるかもしれないだろ」
健二は不快げに言う。
僕は、健二の方を向いた。
「この空はどこまでも続いてる。なのに俺は毎日登校してるだけだ」
「たまにショッピングモールにも行く」
「三箇所巡りだ。なんか新しい刺激が欲しい」
「そうだなー」
健二は紙パックのジュースのストローを咥えながら、考え込む。
「バイトすることだな。んで、夏休みに旅行しろよ」
「……そうだな」
それが、現実的なセンだろう。
わかってはいた。
世界は現実的にできている。ゲームの世界みたいに上手くはいかない。
健二がカバンからあるものを取り出した。
バイト情報誌だ。
「俺、バーガーショップのバイトしようと思うんだけど、一緒にどうよ」
「うん……そうだな。そうしてみるのも楽しいかもな」
「決まりだ」
健二は、にこやかに笑った。
冒険を、求めていた。
ここにはないなにかを求めていた。
それは、飢えに似ていた。
+++
庭で木刀を振る。
剣道部の僕の日課だ。
「にーちゃん、あきへんな」
妹が縁側に座り、呆れたように言う。
「なんかしてないと壊れちゃいそうでな」
ぼやくように言う。
「それって、精神病?」
「かもなあ。ちょっとランニングに行ってくる」
そう言って、木刀を妹に手渡し、走り始める。
「晩御飯の時間近いから、早めにねー」
妹の声が背後で響く。
「わかったー」
大声で返して、駆け始めた。
T市の僕の住む地域は、田舎町だ。外灯の数も少なく、店も少ない。
その少ない店も、コインランドリーや新聞屋やコンビニ。どこにでもあるものばかり。
数十年前には三件あったという駄菓子屋も今は店を閉めていた。
離れた場所に行けば、ショッピングモールもあるのだが、少々遠かった。
「あー、ほんと田舎。田舎田舎」
ぼやくように言う。
空を見上げる。
既に周囲は薄暗い。
海が近づいてきた。
その時、僕は違和感を覚えた。
呼ばれている気がする。見えない何かに。
「はっ」
思わず声に出して笑う。
冗談じゃない。怪談話のようだ。
けど、確かに、呼ばれているのだという実感があった。
砂浜に入り、走るペースを抑える。
かつてはバーベキューの跡が放置されたりして汚かった砂浜だが、数年前に綺麗になった。
そして、歩いて行く。
少女が、立っていた。
同じ歳ぐらいの少女だ。
彼女は黙って、海を見ていた。
「なにしてるの?」
声をかける。
少女は、ゆっくりと振り向いた。
目を奪われた。
絶世の美少女だ。
ハーフなのだろうか。顔の彫りが深く、長い髪の毛は茶色だ
「……そう。あなたは適合率が高いのね」
手を口元に持っていき、一人で、納得したように言う。
「てきごうりつ? ここら田舎だから、外灯も少ない。良かったら送ってくけど」
「いいの。私は、旅人だから」
「旅人? 俺とそう歳も変わらないのに?」
「そう。私は旅人。自由なの」
幸せそうに少女は言う。
僕は、それを眩しいと思った。
「私の知っている人もこの海を見たのかな、と思って、ここに来たの。噂と違って、綺麗な場所だわ」
「数年前に綺麗になった」
「そうなんだ」
そう言って、少女は歩きだす。
「なあ、また、会えるかな」
僕は叫ぶ。
僕は、自由奔放な少女を、かけがえのないもののように思い始めていた。
「広小路のビジネスホテルに泊まってるわ。ちょっと遠いわね」
「会いに行く! 電話番号教えて!」
少女は、きょとんとしたような表情になって、その後苦笑した。
「メールアドレスならいいよ」
僕は浮き上がるような気分になった。
冒険を、望んでいた。
新しいものが日常に介入するのを望んでいた。
少女との出会いは、僕にとっては冒険の始まりだった。
「俺は、遠野アラタ」
「私は、響。響くと書いて、ひびき」
僕達は握手をした。
少女はどこからやってきたのか、どんな冒険を繰り広げてきたのか、興味は尽きない。
始まりの予感を、覚えていた。
+++
「ソウルキャッチャーも三割が捕縛されて、これからかと言うところですね」
薄暗い部屋で、眼鏡をかけた女性が言う。
「これ以上、長引かせるわけにはいかんな……」
壮年の男性が、自分の目をマッサージしながら言う。
「ソウルキャッチャー事件は超越者のイメージを悪くする一方だ。上も待遇を変えてくるかもしれん。せっかくの調和が乱されている」
「覚悟はしておけ、ということですか」
女性は、眼鏡の位置を整える。
「その段階には早いさ」
男性は、苦笑して肩を竦める。
その表情から、不意に感情が抜け落ちた。
「各地に連絡しろ。ソウルキャッチャーの生死は問わないと」
「……わかりました」
女性は頷いて、スマートフォンを取った。
男性は懐からジッポライターを取り出す。
「ここ、禁煙です」
男性は、黙ってジッポライターをポケットにしまった。
第一話 完




