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告白

「アラタんち行ってきた」


 兄は、帰ってくるなりそう言った。

 響は、身構えた。


「お前、新しい女にビビって逃げてきたんだな。なっさけねー」


「アラタがそう言ったの?」


「あいつはいつもの八方美人だよ」


 響は、苦笑いを浮かべる。


「ドーナッツ買ってきた。食うべ」


 そう言って、兄は靴を脱いで部屋に入ってきた。

 そして、二人でドーナッツを食べる。


「お兄ちゃんとこういう兄妹らしいことしたの、珍しいね」


「お前が泣きついてきたからな」


 大輝は、淡々とした口調で言う。


「少しは器用になったじゃねえか」


「器用、なのかなあ」


「器用さ」


「それじゃあ私がお兄ちゃんを利用したみたいじゃないか」


「そうだな。そこまで悪知恵が働くとはお兄ちゃん思ってないよ。衝動的に動いた結果だろう」


「……なにしてきたの?」


「お前の恋敵の手の甲を剣でぶち抜いてやった」


 響の手からドーナッツが落ちた。


「あ、カーペットの上に落としやがった」


 大輝が不服気な表情になる。


「なんでお兄ちゃんと吹雪さんが戦ってるの?」


「流れで」


「流れでなんで真剣で戦ってるの!」


「流れで」


「それしか言えないの?」


「流れとしか言いようがないもん。まあ一発やり返してやったから胸を張って帰ればいいんじゃないかね」


 そう言って、大輝は落ちたドーナッツを箱の中に戻す。


「私のため?」


「だってお前、相手が強いからその言い分にも納得してるんだろ。俺のほうが強いとなれば言い返す手段も思いつくだろうて」


「もう、お兄ちゃんったら……」


 そう言って、響は頭を抑える。

 チャイムが鳴った。


「出てくれるか」


 そう言って、大輝はテレビのリモコンを握る。

 響は立って、玄関に出た。

 そして、思わぬ顔を見かけて、扉を閉めた。


「いや、閉められても困るんだが」


 アラタだ。

 アラタは、扉を開くと、響を抱きしめた。


「曖昧な態度を取ってすまなかった」


 それが、アラタの第一声だった。


「家に帰った時に、響がいないと、俺はもう駄目なんだ。君がいなくちゃ、生きている気がしないんだ。君がいないだけで、世界から色が消えたように味気ない気分になるんだ」


 アラタは、力一杯響を抱きしめながら、そう言う。

 それで、再認識した。響は、アラタにとってかけがえのない日常のピースなのだと。


(私にとってもそうだ。アラタがいなくて、ここ数日寂しかった)


「戦場に立つことも大事だ。けど、日常がなければ戦う意味を失ってしまう。頼む、帰ってきてくれ」


「……吹雪さん、なんとかして」


「有給消化するまでは部屋を貸す。けど、その後はすぐに追い出すよ」


 少し響としては不服な結末だが、文句は言えない。


「……妥協するか」


「うん」


「お兄ちゃん」


「ああ、なんだ?」


「帰るよ」


「ああ。またなんかあったら俺を頼れ。俺はいつでもお前の味方だ」


「……最恐の小姑だな」


 アラタが小さく呟く。


「なんか言ったか?」


「なんにも」


 アラタの背筋が伸びたので、響は滑稽になって笑った。



+++



 それから、響の日常は変わったかというと、そんなに変わらなかった。

 道場の化け物達相手に挑むことも無理だし、スキルも持っていない。

 ただ、ほうじ茶やお菓子を差し入れして様子を見るようになった。

 それが、今の自分にできることなのだと思う。


「ねえ、アラタ」


「なんだ?」


「もし、私がまたスキルを覚えて戦えるようになったら」


「そのもし、はなしだ」


 アラタは、悪戯っぽく微笑んで言う。


「お前は俺の、日常の象徴であってくれ」


 勝手な言い分だ。

 しかし、苦笑して受け入れる。


「将来の就職先次第でもあるけど。いつも家で待ってるよ。アラタの帰りを」


「ああ。頼む」


 アラタはそう言うと、ほうじ茶を一度すすった。



第九話 完

次回『無残』

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