スコップが放置される日
「母さーん。雪かきされてないぞ」
「あら。てっきり響ちゃんがしてくれてるものかと。最近すっかり頼ってるから」
「仕方ない。私がやろう」
「嫌ですよ。お父さん腰痛持ちじゃないですか」
「俺がやるよ」
アラタは寝起きだったが、会話に混じって外に出た。
昨日も雪かきしただろうに、玄関前はすねの高さの雪で埋もれていた。
あれから、響と顔を合わせていない。
一緒に戦うか、去るか、それしか自分に道はないと言った彼女。
そんなことないと叫びたかったが、拒絶するような背中になにも言えなかった。
強かったら、なにか言えたのだろうか。
アラタは、響が初恋の相手で、初めて付き合った相手だ。
経験が不足している。
普通の環境ならばなんとかなったかもしれないが、今の環境では色々とややこしいしがらみが出てくる。
道の向こうからやってくる人物に、アラタは目を丸くした。
大輝だ。
「よう」
大輝はそう言って、片手を上げる。
ここしばらく眠そうにしていたことが多い彼だが、今日ははっきりと目覚めているようだ。
「どうも、義兄さん」
そう言って、アラタは頭を下げる。
「そのことなんだがな……」
大輝はアラタの傍にやってくると、マフラーを掴んでねじり上げた。アラタは上半身を逸らす形になる。
「どうなってる」
「どうもなにも……カオスだけど。お前も染まるのか。この家のカオス色に」
「響が、能力の一部を返してほしいと言ってきた」
アラタは、黙り込む。
響は、本気だ。
「お前は安全な場所にいろと言ったら、泣かれた」
アラタは胸が痛んだ。
「響は、今……?」
「俺の家だ」
「そうですか……」
スコップを雪に突き刺し、考え込む。
「なにがあった?」
アラタはあらかたの事情を説明した。
「なるほどね。お前はその女をなあなあで受け入れたわけだ」
「受け入れてなんかないですよ」
「家に泊めてるだけで十分だろ」
大輝は吐き捨てるように言う。
「そういうとこだぞ、お前の優柔不断って。口で言えば相手は勝手に去ってくと思ってる。その上嫌われる勇気もない」
なにも言い返せない。
「結局全員にいい顔して全員に擦り寄られて地盤沈下だ。なるべくしてなった結果だ」
なにも言い返せない。
「話聞いてるか?」
大輝はアラタの顔を覗き込む。
「いや、まあ、なにも言い返せないなあって」
大輝はマフラーを離すと、視線を逸らした。
「まあ、俺も吸収した魂達に妹だけは特別扱いだなって責められてるんだけどな」
「ぷっ」
アラタは笑いを噛み殺す。
再びマフラーを掴み上げられた。
「舐めてんのか?」
「舐めてませんよ、義兄さん。前は使ってなかった敬語使ってるでしょ?」
「お前みたいな奴に妹はやれん」
「どう変わればいただけるんで?」
「自分で考えろ。今ならまだ、取り返しがつく」
そう言って、大輝は家の中に入っていった。
「優柔不断かぁ……」
言われてみればそうなのだろう。
だから、勇気も、さつきも、吹雪も、チャンスがあると思って家に居つく。もちろん、彼女達には純粋に強くなりたいという思いもあるようだが。
はっきりさせなければならない。
自分達の関係を。
大輝の後を追いかける。
そして、吹雪と向かい合っている大輝に追いついた。
「強い奴と戦いたいらしいな」
「ええ、まあ」
吹雪はおっとりとした口調で微笑む。
「じゃあ、俺が相手してやるよ」
「おい、本気で殴ったりするなよ。吹雪、腕の調子はどうだ?」
「万全。負ける気がしないわ」
「それならいいが……」
そして、場所は変わってアラタ家道場。
木刀を持って大輝と吹雪は向かい合う。
「ルールは、スキル無し、特殊技ありでやろうと思うのですが」
吹雪が微笑み顔で提案する。
大輝の恐い表情を見ていて揺るぎもしない。
「それじゃあこちらに不利すぎる。あり、ありだ」
「あり、あり。はい了解」
吹雪は表情を引き締めて、木刀を構えた。
正眼の構えだ。
対して、大輝は木刀を持つ右手を後ろに引いて、スキルを使う左手を前に差し出していた。
「はじめ!」
勇気の声が道場に響き渡る。
いけない、と思う。
大輝は待ちに移った。
十赤華の使用条件である三秒の溜めを許してしまう。
「じゃあ、いきます」
そう言って、吹雪は前に出た。
「十赤華!」
突き出された木刀は全て炎の壁で焼かれた。
「よんでいた?」
吹雪は戸惑うように後方に飛び、西洋の剣を手に呼び出す。
大輝は対応するように、木刀を落とすと、右手に剣を呼び出した。
「十赤華について教えていたんですか、アラタくん」
「いや、俺はなにも……報告書には書いたけど大輝に読む権限はないはずだし」
「魔力が木刀に溜まっているのがわかったからな」
吹雪が目を見開く。
「侮るなよ。命を踏みにじり続けてきたこの目は魔力の動きに対して敏感だ」
「そんな脅し!」
剣と剣がぶつかりあう。
そして、押し合いせめぎあいになった。これは吹雪が不利だ。鬼の力とドラゴンの力を吸収した大輝に勝てるわけがない。
剣先は震え、膝を折りつつも、剣を逸らした吹雪が前に出る。
その一撃を避けるか受け止めると吹雪は予測しただろう。
しかし、根本の素早さが違う。
大輝は引くどころか前に出て、相手の足を引っ掛けて転ばせた。
「溜めのための時間稼ぎがバレバレなんだよ」
そして、大輝の剣が吹雪の右手を貫いた。
「ぐっ……」
吹雪の右手から剣が消える。
それは、左手に現れて大輝を襲った。
大輝は後方に飛んでそれを避ける。
その時には吹雪は既に立ち上がっていた。
右手をだらりとたらし、左手一本で剣を構えている。
「どうやら今回は、あなたのほうが戦闘経験豊富なようだ」
「そりゃそうだ。戦った相手の数が違う」
「あり、あり。死んでも恨みっこなしってことでいいですかね」
「かまわんぞ」
大輝は即答した。
「いや、困る。うちでどんなスキルをぶっ放す気だお前ら」
アラタは二人の間に割って入る。
「大輝の勝ちだ。吹雪は治療するからこっちへこい」
吹雪はしばらく左手一本で構えていたが、そのうち剣を消すと苦笑して移動を開始した。
大輝も剣を消す。
「魔力の流れを見破る。スキルユーザーに対しては絶対的なアドバンテージですね」
「百回ぐらい超越者と戦えば見えてくるぜ。工夫して戦ってたらだけどな」
大輝は飄々とそう言う。
そして、アラタの手によって吹雪の治療が開始された。
「……帰れってことですね。この一撃は」
吹雪は、寂しげに言う。
「帰るか?」
「有給が尽きたら考えます」
「頭の堅い女だな」
大輝が呆れたように言う。
「ここには強い人が沢山いる。全力でぶつかってくれる。それもいいなって思ったんです」
「お前、俺が誰かわかる?」
「いいえ」
「響の兄貴」
「ああー」
吹雪は納得したような表情になる。
「なるほど。剣に恨みが篭っていたわけです」
「というわけで帰って欲しいんだよな、俺としては」
「じゃああなたの家の部屋、貸してくれます?」
「やだよ。一部屋しかないんだ」
「じゃあ無理ですね。ここでの修行は私の糧にもなる。それに、勇気ちゃんもさつきちゃんも私に学ぶことは多いはずです」
事実、そうだった。
あらためて正統派剣術の吹雪と戦うことで、二人の技量はまた次のステップへ移ろうとしていた。
「……頭が痛いなあアラタ」
「まあ、慣れました」
「その優しさはお前の首を絞めるぞ」
そう言って、大輝は去っていった。別れも言わず、ただ現状を確認し。
「二敗かぁ」
吹雪は、呟くように言う。
「私、ここに来るまでは無敗だったんですよね」
「負けるのも学ぶことが多くてよかろ」
「そうですね。勉強になります」
女である前に剣士。それが彼女の本音らしい。
確かに、そうであれば、剣士揃いのこの道場は居心地がいいだろう。
「それにしても……」
吹雪の手が貫かれた地点を眺める。
「あいつ、道場に穴開けていきやがった……」
「人間相手の治療スキルで効果がありますかね」
勇気が恐る恐る言う。
「試してみるしかあるめえよ」
そう言って腕まくりする。
結局、穴は治らなかった。
第八話 完
次回『告白』




