傷跡
「ちょっと違和感が残りますが、贅沢は言えませんね」
そう言って、吹雪は治療スキルでくっついた右腕を開閉する。
「言っていいのよ。違和感が残らないレベルまで治療できる自信はあるから」
翠の言葉に、吹雪は表情を緩めた。
「それでは、お言葉に甘えさせてもらいます」
「ええ。どんどん甘えて」
そう言うと、翠は吹雪の傷口に触れて、治癒の光を放ちはじめた。
アラタはそれを眺めていて、呟いた。
「なんで自分を守ろうとしなかった?」
「私の目的は強い旦那を得ることですからね」
「それで死んだら本末転倒とは思わんかな」
吹雪はしばし考えた後、苦笑した。
「正味、なにも考えてなかったんですよ。体が勝手に動いた。それだけです」
その純粋さと、それを受け入れられない虚しさが、アラタの胸を締め付けた。
「次はあんな悪戯はよすんだな。フォルムチェンジ状態でいたらあの剣でダメージを受けなかったかもしれない」
「そうですねえ。手管も尽きてきました。正味なところ、高校生だと思って舐めてましたね」
「お前は相手を舐めたらあんな行動に移るのか?」
げんなりしつつ言う。
「私より強い男がアラタくんしかいないのが悪いんですよ」
そう、笑うように吹雪は言った。
アラタは溜息混じりに部屋を出た。
響が、立っていた。
「吹雪さん、大丈夫?」
「翠さんが大丈夫だって言ってるから大丈夫だろ」
「そう……」
響は、俯く。
「私は、戦場に出て、アラタを守ることはできない」
「それでいい」
アラタは、淡々とした口調で言う。
「響は、俺が家に帰ってきた時に、出迎えてくれればいい」
「残酷な言葉だと思わない?」
「こんな大きい家俺一人じゃ管理もままならねえよ。二人で戦闘に明け暮れてたらあっという間にゴミ屋敷だ」
「けど、私は、アラタと肩を並べて戦いたい。そうでなければ、あの人に譲るべきなんじゃないかって、そう思い始めてる」
「おいおい……」
「私は、アラタに相応しくないよ」
そう言って、響はアラタに背を向けた。
そして、歩いていく。
あらゆる言葉を拒絶するようなその背中になにも言えずに、アラタはその場に立ち尽くした。
第七話 完
次回『スコップが放置される日』




