年越し
「紅白pico出てきたよー」
「えー。年越しそばできかけなのに……いいわ、ここで聞くわ」
「衣装凄い綺麗」
「マジ?」
「写メ撮っとくよ」
「頼んだ」
私こと翠はセレナと年越しをしていた。
年越しそばができあがり、食卓に置かれる。
三人分用意してあるのだが、恭司が中々家に辿り着かない。
まあ、恭司が不覚を取ることもないだろうと楽観視している。
「こないね、恭司さん」
セレナが、少し不安げに言う。
「ラインで連絡取ってみるか」
スマートフォンを取り出し、操作する。
どうやら恭司は渋滞に捕まったようだった。
それだけか、と安堵の息が漏れる。
「日付変わるまで来るかなー」
「それまでには来るでしょ」
歌の流れる部屋で、二人はそばをすすりはじめた。
+++
「いく年くる年を見ながら年越しそばを食べる。日本の正月だねえ」
相馬はしみじみとした口調で言う。
「なんか家事一切私がした気がしたけど、あんた一人の時はどうやって生きてたの?」
楓が疑わしげに言う。
「飯はコンビニ本は置きっぱ」
「はー。大人になりなよ」
楓は頬杖をついて言う。
「ママ、年越しそば美味しい」
有栖が笑顔で言う。
「油揚げ大好き」
「言ってたもんねえ。ママ忘れずに入れたわよー」
「うん。ママ大好き」
「パパは?」
相馬は、面白がるように訊く。
「ママの手伝いしないからちょっと好感度下がった」
「こりゃ手痛いな」
相馬は愉快げに笑う。
三人で過ごす正月。平和な時間。
いつまでもこのぬるま湯に浸かっていたかった。
「それじゃ、神社行くか」
「そうね」
三人は立ち上がる。
「有栖ー、厚着しろよ。風邪引いたらことだからな」
「わかったー」
こうして、三人は初詣に行くことになったのだ。
道中で、様々な人とすれ違った。
「あれ、相馬。お前結婚してたっけ?」
「あー。娘の母親とは結婚してなかったんだけど、こいつとはしてる」
「なんかややこしいのな」
これで市内の同級生に一斉に情報がいくのは確実だ。
面倒だな、柄でもないな、と思いつつ、この年越しという行事を楽しむ。
「ちょっと変わったね、相馬」
「そうか? 楓」
「変わったよ。前の相馬は、もっと近寄りがたかった」
「それに近づいて説教たれてた奴がいた気がするけどな」
楓は笑った。
「私がいなきゃ、誰があんたを真人間にするのさ」
「はた迷惑な使命感だなあ」
「有栖はパパとママとずっといたいな」
有栖はのんびりとした口調で言う。
「パパとママは気にせず、結婚した相手と暮せばいい」
相馬は優しい口調で言う。
「半年ぐらい同棲して相性が合うか確かめたほうがいいよー。私達は駆け足だったけど」
と、楓。
「駆け足っつーか暴走だな」
「あんな急な話ないわよね」
楓は滑稽そうに笑う。
「まあ、おかげで……」
今は幸せだ。その言葉を、相馬は飲み込んだ。
柄でもないと思ったのだ。
「おかげで?」
楓がにやつきながら訊ねてくる。
「なんでもない」
「言いなよ。素直にさ」
二人で見つめ合い、黙り込む。
唇と唇が近付いていく。
悲鳴が上がったのはその時だった。
二人の顔が離れた。
前を見ると、巨大な光の剣が天に向かって伸びているところだった。
「相馬!」
「わかってる! 有栖、ドラコを呼び出して帰れるか?」
「わかった!」
相馬は空を飛び、剣の発生源を視認する。
一人の男だ。
持っているのは短剣。そこから、光の剣が伸びている。
振り下ろせば、大勢の人間が死ぬだろう。
銃弾を取り出し、装填し、発射する。
「アイスブリッド!」
男は、氷漬けになった。貫通しないのがこの弾のいいところだ。
しかし、剣の光は消えてはいない。
氷が徐々に溶けていく。
そして、剣が地面に向かって再び動きはじめた。
駄目か。そう思い、トルネードブリッドで男の胴体に狙いを定める。
その時のことだった。
黒い雷が走った。
それは男を吹き飛ばし、光の剣をもかき消した。
「助かったぜ、恭司」
相馬の隣には、翠に抱えられた恭司がいつしかいた。
「いえ、まだです。翠、スキルを喰ってくれるか」
「了解!」
そう言って、翠は恭司を相馬に託して飛んでいく。
「まったく、とんだ年越しだ」
相馬はぼやくように言う。
「本当ですね」
恭司は苦笑する。
結局、犯人はどこかに逃亡してしまっていて、発見できなかった。
+++
「いやあ、やっぱり女の子はいいなあ。娘が増えたみたいで華やかだなあ」
父が呑気な感想を述べる。
(冗談じゃないぜ)
そう心の中でぼやくのはアラタだ。
「お義母さん。これ、こうした方がいいんですよ」
「あら、吹雪ちゃんは博識ね」
「お義母さん、こっちの食材調理しておきますね」
「お願い、響ちゃん」
「お義母さん、皿洗い終わりました」
「ありがとう、勇気ちゃんと……ドッペルゲンガー? ちゃん?」
「どってことないっすよ」
「私のコピーが調子に乗らない」
「お義父さん。肩揉みますよ」
そう言ってさつきが父の肩を揉み始める。
「なあ」
アラタの呟きによって、皆動きを止めた。
「なんでお前らナチュラルに俺の親父とかーちゃんをお父さんお母さん呼びしてんの」
「それはもちろん言うまでもなく……ねえ?」
吹雪が言うが、誰も答えない。
沈黙が漂った。四人の間で火花が散っているかのようだった。
「アラタ」
母が、穏やかな口調で言う。
「これ以上増えないわよね?」
「俺が増やしてるわけちゃうわ!」
アラタは怒鳴った。
それが、アラタ家の年越しだった。
夜、電気を消して布団に入る。
今後はどうしたものかと考えていると、部屋に誰かが入ってきた。
相手は布団の中に入り込んでくる。
髪の匂いで、響だと知れた。
「どうした? 響」
「ちょっと待ってて」
そう言って、響はスマートフォンを見る。
夜の暗闇の中で、スマートフォンだけが光を放っていた。
「五、四、三、二、一、零」
そう言って、響は伸びをした。
響の唇とアラタの唇が触れる。
「あけましておめでとう」
響は微笑む。
「それを、一番最初に言いたかったの。ごめんね、ワガママで」
アラタは、響を抱きしめていた。
「あけましておめでとう、響。ずっと、ずっと、よろしくな」
「うん」
二人は布団の中で、しばし抱きしめあった。
そのうち、アラタは意識を失った。
響と巨大な龍に乗ってどこまでも飛んで行くような夢を見た。
空は、とても澄んでいた。
第四話 完
次回『正月』




