踏み出す一歩
葵が白いベッドで寝ている少女の手を握りしめている。
少女の体には、沢山の管がつけられていた。
少女の目が、そのうち薄っすらと開く。
葵は涙して、その体に抱きついた。
私はそれを確認すると、葵を置いて病院の外に出た。
「もう深夜ね」
楓が、欠伸混じりに言う。そして、言葉を続ける。
「逃したわけだけど、どう思う?」
「もう、スキルも魂もほとんど奪いましたよ。前のように腕を使って無闇矢鱈に人を襲うことはできないでしょうね。なにより」
そこで私は回想する。ソウルイーターの暗い過去を。
「彼はもう力を悪用しない。そんな気がするんです」
「呑気だなあ」
「呑気ねえ」
楓と歩美に同時に言われた。
私は歩美の頭を撫でる。
歩美はきょとんとした表情をしていた。
「なにより、攻略法は確立された。これは大きいと思うんです」
「尤もね。休みなさい、ソウルキャッチャー」
「私は一般人の、翠ですよ」
苦笑して言うが、楓は真顔だった。
「あなたは、今、何人分のスキルを溜め込んでいる……?」
私は、その表情に圧倒されて、返事ができない。
「あなたは、十分、一般人に対する脅威なのよ」
その一言で、私は実感した。
私は、楓の処理できる範囲を越えてしまったのだと。
超越者。
まさに私は、それになりつつあった。
「ま、呑気なあんたなら安全だと思うけどね」
そう言って、楓は私の背を叩く。
そして、手を振ると、相馬を連れて夜の闇の中に消えていった。
残ったのは、私と恭司だった。
二人は、無言で暫く歩く。
大きな雲の切れ目から、月明かりが大地を照らした。
「あのね」
私は、思い切って口を開く。
「なんだい?」
恭司は穏やかに問う。
「剛の声が聞こえたの」
恭司は口を紡ぐ。聞く体勢に入ったのだろう。
「俺のせいで苦しませて悪かったって。お前は自由に生きろって」
「うん」
恭司は頷く。
「お友達、からでもいい?」
私は、恭司を見上げる。
それが、一般人としての私の第一歩。
ソウルキャッチャーズも関係ない、私個人の日常生活だった。
第一章 完
次の章はボーイミーツガールな話になると思います。




