剣に生き、剣に死ぬ
アラタは最下層を走っていた。
それにしても、何者だろう、この吹雪という女。
全力で走っているのに、息も切らさずついてくる。
男女では歩幅も筋肉量も違う。それを、この女性はいとも容易く飛び越えている。
楓が息切れしているのが可愛く思えてくる。
「フォルムチェンジ!」
アラタは唱えた。
その瞬間、アラタはフルフェイスのヘルメットとスーツに身を包んだ白一色の剣士になる。手には長刀が握られている。
「この狭い通路でその長剣は邪魔っけじゃないかなあ」
吹雪がのんびりした口調で言う。
「御尤も。最初はこの長さなんだよ」
そう言って、アラタは刀の長さを整えた。
そして、最下層の一番奥の扉が見えてきた。
普通に考えれば、敵のボスの間。
その部屋から、男が一人出てきた。
「俺は木林真一。見た顔もいるな」
そう言って、真一はアラタを見て微笑む。
「あんた一人で俺達三人を相手にしようってか?」
「どうかね。見たところ近接戦闘と遠距離戦闘の組み合わせだ。接近戦をしているところに遠距離攻撃は自滅の恐れがある」
そう言って、真一は手に剣を呼び出した。
「つまり、悪くて二対一ってとこだ」
「残念だが、その悪くて、になりそうだぜ」
吹雪が、アラタの声に答えるように鞘から剣を抜いた。
「綺麗な嬢ちゃんだ。こんな場所じゃなければ口説いていたぜ」
「あら、嬉しい。私、お世辞は好きですよ」
「世辞じゃねえって」
「まあ、どちらであっても、あなたは死ぬんですけどね」
そう言った時、吹雪は既に真一の頭上にあった。
三連突。
真一はそれを全て弾く。
しかし、前方から接近するアラタまでは剣では対応できなかった。
アラタは横薙ぎに真一を斬る。
刀と鉄がぶつかりあう音が響き渡った。
落ちてきた吹雪が片手で掴み取られて、アラタに投げつけられる。
そして、トドメの一撃が繰り出されようとした。
氷の壁に阻まれて、その一撃は防がれた。
アラタも、吹雪も、慌てて体勢を整える。
「吹雪さん」
「なに?」
「この敵、俺に譲れ」
「二対一で死にかけたけど?」
吹雪は苛立たしげに言う。
「相手が強ければ強いほどいい」
「あなたが譲りなさいよ」
「嫌だね」
「じゃあ、しょうがない。二対一だ」
氷が数度の体当たりで破られた。
「三秒、稼いでくれる?」
吹雪が言う。
「奥の手でもあんのか?」
「ええ。とびっきりのが」
おっとりとした口調で、自信満々に言う。
「貸しにしとくぜ!」
そう言って、アラタは駆け出した。
刀を振り下ろす。
それを、相手がチョキのポーズで受け止めようとしたところで足蹴りにシフトする。
そして、相手は体勢を崩した。
「今だ!」
「我は世界の理に反する者なり!」
吹雪が叫んだ。
その次の瞬間、真一の体は一瞬で十箇所の突きを受けていた。
たまたま鉄化していて防いだ部位もある。
しかし、喉を突かれたのは致命的だった。
血が溢れ、周囲にその臭いが漂い始める。
「今のは?」
「東雲流奥義。十赤華」
「一瞬で十箇所も突くとか殺意高すぎんだよなあ……」
アラタは呆れたように言う。
「あんたとは戦いたくないよ」
珍しく、アラタは弱気に言う。
「私はあなたと戦ってみたくなりましたけどね」
そう言って、吹雪は剣を持つ手を下ろす。
「さあ。多分次が最後の扉だ」
そう言って、楓は前の扉を指差した。
「見てやろうじゃないか。奴らの偶像を」
アラタも、吹雪も、頷いた。
第六話 完
次回『エリー、恵梨香』




