愛の使徒
楓は、夢の中にいた。
舞台は、相馬と行ったあのホテル。
一部始終を思い返して、残ったのは後悔だった。
「何故、そう思うの?」
声がした。
「相馬に節子と同じ愛され方をしたのかなって。節子の代わりでしかないのかなって。手を握りあっても、寂しいだけだった」
「あなたは愛の入り口に立ったばかり。戸惑うのも仕方ないわ」
「この劣等感にも似た気持ちは、いつか消えるのかな」
「消えるわよ。あなたの錯覚だもの」
「錯覚、か」
楓は苦笑するしかない。
「自己紹介が遅れたわね。私は愛の使徒、シーリン」
楓は意識がはっきりするのを感じた。
けれどもまだ、舞台は夢の中だ。
「愛に悩み、愛の入り口に立ったあなたに、私は本当の力を分け与えましょう」
シーリンの声は遠ざかっていった。
目が覚めて、アーティファクトのイヤリングを付ける。
そして、手に氷を作り出した。
今までと感触が違うといったことはない。
ただ、手応えがあった。
新たに楓が得た能力。
それは、無効化。
スキルキャンセラーの下位互換だ。
+++
「翠ー、スマホ鳴ってる」
「ロックは嫌い?」
スマートフォンの着信音はロックなのだ。
「じゃなくて、出ようよ」
「恭司のオタク趣味には目を瞑ってきたけど今回は譲れない」
「じゃあ着信拒否しちゃえば?」
「別れ話に発展しそうだからそれは無理」
「そ」
セレナは呆れたように言うと、自分の部屋に帰っていった。
料理を作る。
現在、葵を交えた茨城県警が、エリー及び今回の敵の本拠地を捜索中だ。
時間は刻々と近づきつつある。
喧嘩をしている暇はない。わかっているのだが、納得できないことだってある。
自分以外の女の話に熱中している彼氏。
あまり見たいものではなかった。
こうして、時間は無為に過ぎていく。
「セレナ、明日ショッピングモール行こうか」
「なんでー?」
「そろそろ冬服でしょ」
「ああ、そうだね。お世話になります」
「やめなよ。たまには母親らしいことをさせろ」
「うん。ありがとう、お母さん」
そう言って微笑んだセレナは、私の知るどんな子供よりも可愛かった。
+++
道場で、アラタは無心に真剣を振っていた。
あらゆる角度から剣を振る。
実戦ではどんな一撃が決定打になるかわからないから、自然と修練もそれに対応したものになる。
「緊張しているの?」
背後から声をかけられ、アラタは肩を震わせた。
振り返ると、響が立っていた。
「決着をつけなきゃならない相手ができた。武器のない状態で俺の攻撃をしのぎきりやがった」
「危ないからやめようって考えは?」
「ないね」
「じゃあ、私は頑張れとしか言えないな」
響は、寂しげに言う。
「私も力がほしい。アラタ達についていけるような力が」
アラタは真剣を置いて、響を抱きしめた。
「戦場で疲れている時、イメージするんだ」
「ふふ、なにを?」
響は笑っているが、声のトーンは低い。
「全部終わって。疲れたなって家に帰る。家の前には響が待っててくれる。俺は抱えるように、響を抱きしめるんだ」
響は黙り込んだ。
「君がいるから、僕は戦える」
子供染みた声と口調になった、と思った。
素直な感情が表に出ているのだろう。
「巻き込んでおいてなんだけど、私は、戦わないでほしい」
響は、アラタの胸に額を付けて言う。
「けど、それをしなくちゃいけない誰かがいるのも知っている」
「うん」
「大怪我せずに帰って。私の注文はそれだけだから」
「ああ、わかった。忘れたか? 君のくれた力は、様々な敵を下してきたんだ」
二人は、強く互いの体を抱きしめあった。
まだ若い二人。けど、愛の気持ちは大人にも負けなかった。
第二話 完
次回『恵梨香奪還作戦』




