進化
私はもう一歩踏み出し、口を開く。
恭司が慌てて私の前に立ち、盾を展開させた。
ソウルイーターは既に巨大な腕を周囲に発生させている。
「あなたが原因で、私は随分酷い目にあった。銃で撃たれたこともあれば、氷の刃で斬りかかられたこともある」
「それは、スキルを集めてこなかったお前の怠惰が原因だ」
ソウルイーターは、淡々とした口調で言う。
激高しそうになったが、落ち着いて対応する。
「私は一般人でありたい。こんな力はいらない」
「なら、その力、俺によこせ。破壊に使ってみせる」
私は目を閉じて考え込んだ。
そして、しばしの後、目を開く。
「あなたの存在を野放しにしておけば、沢山の犠牲が出る。一般人な私だけど、それを防ぐ術が存在するというなら、それに賭けるわ」
「一般人って、なんだ?」
思いもしない発言に、私は思わず口ごもる。
「少なくとも、お前は一般人を逸脱している。既にこっち側の人間だ。繰り返し言う。その力、俺によこせ」
「言ってやれ! 翠!」
歩美が叫ぶ。
私は、頷いた。
「あなたが、私に力を与えるのよ。ソウルイーター」
「なに……?」
「恭司!」
「ああ」
「楓さん!」
「ええ」
「歩美! やって!」
歩美は頷いて、両手を前に差し出し、力を込めた。
「バースト!」
私は叫ぶ。
盾が吹き飛んだ。
恭司の盾、撫壁は前からの攻撃に強いが、内側からの攻撃に弱い。
それを利用して、歩美が撫壁をバラバラに破壊し、破片を放ったのだ。
破片は前へと勢いよく飛んで行く。
さらに、氷の刃が、後を追った。
ソウルイーターの周囲の腕が破壊されていく。
「銃弾の補給は俺の銃にやれ。俺のが当たる」
相馬が葵に指示して銃弾を放つ。
「行け! ソウルキャッチャー!」
楓の叫びを背に、私は既に駆け出していた。
恭司の横を通り過ぎ、光の手を無防備になったソウルイーターのハートに叩き込んだ。
そして、勢いよく吸収する。
悲鳴が聞こえてきた。囚われた魂の悲痛な叫び。それを、吸収すると同時に解放していく。
スキルの回収も忘れない。相手のスキルを徐々に奪い取っていく。
ソウルイーターは、私の腕を掴もうとした。
それも、銃弾に阻まれる。
しかし、その傷口は、治癒の力によって回復しつつあった。
ソウルイーターの手が、私の腕を掴む。
爆発が起こった。
私の右腕は吹き飛び、手首が地面に落ちる。
痛みのあまり、光の手は消えてしまった。
「ハズレスキルだと思っていたが、とってみるもんだな」
そう言うと、今度はソウルイーターの光の手が私のハートを掴んだ。
スキルが吸収され返している。
そして、魂までも。
これはいけない。そう思った時のことだった。
「ごめん、翠」
歩美が、呟くように言った。
「私は、私にできることをする」
その一言を最後に、私の中から歩美の気配が消えた。
「歩美……?」
確信した。歩美は、私の代わりに相手に吸収されたのだと。
ソウルイーターの腕がひしゃげた。
光の腕も、その痛みのせいか消えてしまった。
「く、こんなじゃじゃ馬を隠し持ってやがったか」
ソウルイーターは憎むように言う。
そして、こちらに背を向けて逃亡を始めようとした。
いけない、と思った。
このままではいけない、と思った。
争いの場でなにもできない一般人を越えなければならない。そう思った。
右手を前に差し出す。腕は、ものすごい勢いで再生を完了しつつあった。
ああ、本当はこんなに力に恵まれていたのだ。そう実感する。
一般人でありたいという私の思いが、私の力を制限し続けていた。
ならば、今から放つスナッチャーも、今までとは違うもの。
私は、進化しつつあった。
+++
皆城大輝は敗走していた。
頭の中ではハスキーボイスで紡がれる罵詈雑言がうるさいほどに響いている。
腕を抑え、駆ける。
悪霊の力を抑えるだけで今は精一杯だ。吸収にはもう少しかかる。
「歩美を、返せ!」
ソウルキャッチャーがそう叫んだ。
その瞬間、大輝は立ち止まった。
貫かれている。
実体を持たない光の腕に。
それは、今までのどんなスナッチャーよりも速かった。
光の腕は、指に棘が生え、恐竜のものだと言われても信じてしまいそうな形状になっていた。
吸われていく。
今まで集めた魂が、吸われていく。
スキルも、吸われていく。
実感としてわかる。
彼女の今の能力は、自分の上位互換だと。
(こんなところで、終わるのか……?)
皆城大輝は、父を知らない。
いや、育ての父ならいた。
けど、DNA検査の結果、血が繋がらないことがわかった。
そこからの父が行ったのは、大輝への虐待だ。
優しかった父の豹変へのショック。母が不貞を行ったという事実へのショック。
二つのショックは、大輝を狂わせ、暴走させた。
だから、最初に大輝が殺したのは、父と母だった。
「この力を授けよう……」
その声を思い出すと、今も胸が沸き立つ。
そう、それは始まりの声。
大輝がソウルイーターとなったきっかけの声。
そこで、大輝は回想を止める。
吸収が、止まっていた。
人の魂は大半が周囲に放出されている。
けれども、スキルは多少残っていた。
大輝は振り返る。
ソウルキャッチャーが、ショックを受けたような表情で、目から涙を零していた。
心を読まれた。大輝は舌打ちする。
「同情かよ……」
「人の痛みを知るあなただからこそ、その力を破壊に使ってはいけなかった。思い出して。お父さんとお母さんが優しかった頃を」
心の痛いところを突かれて、大輝は苦い顔になる。
「お前には関係のないことだ」
「そうかもしれない。けど、あなたの力はもっと世界の役に立つために使うものだと、そう思うんだ」
大輝は黙り込んだ。
背後から駆け寄ってくる音がする。水月だろう。
大輝は能力の大半と魂の大半を失ったまま、逃走を開始した。
ソウルイーターは破れた。
進化したソウルキャッチャーは、悪の側とっては、新たに現れた脅威だった。
第二十四話 完
次回『後片付け』で一章は終了します。本日中に投稿予定です。




