脱走
「元気ないね」
晩御飯の最中に、セレナにそんなことを言われて、私は驚いた。
普段通りに振る舞っているつもりだったからだ。
「わかる?」
「わかるよ。雰囲気の違いぐらい」
優しい子だな、と心の中で感心する。
「ちょっとね、幼馴染と色々あって」
「幼馴染かあ」
「あなたにとってはシンシアちゃんとかね」
「あいつ強化されたらしいね。妬ましいぜ」
そう言って、セレナは箸を上下に揺らす。
「そういいことばっかりじゃないわよ。力を得ても……」
「けど、あなたの力があるから私はあなたの傍にいることを許された」
「そうね」
苦笑するしかない。年下の少女に励まされている。
「ねえ、その外見いつまで続けるの?」
「……戻り方がわかんないのよ」
「そう……」
少し間の抜けた沈黙が場に漂った。
二人は黙って、食パンに口をつけた。
+++
アラタは警察署にいた。
なにやら大規模な超越者の動きがあり、念のため手薄になるここを守ってほしいと楓から頼まれたのだ。
嫌な予感がした。
息が苦しくなるような違和感。
予知に近い衝動的な逃げ出したさ。
アラタは唱えた。
「フォルムチェンジ!」
その瞬間、アラタは白いフルフェイスのヘルメットをかぶり、白いスーツに身を包んだ戦士となる。
「どうしたの?」
隣りにいる響が不安げに言う。
勇気も、戸惑うような表情だ。
「悪寒がする。もしかすると、ここは戦場になる」
「……私はどうすればいい?」
「俺と勇気から離れるな」
「了解」
響は淡々と、指示に従った。
その時、天井から光が差した。
天然の光ではない、作られた光。
それが円を描くと、穴が出来てそこから男が降りてきた。
男の胸には、大きな金色のプレートがあった。
「王剣アラタか。これはハズレをひいたかな」
「アーティファクトを装備しといてよく言うぜ! お前のスキルは、なんだ?」
「戦えばわかるだろうが、君は戦いたくないのではないかい? 後ろの二人は戦力外だろう?」
「だが、放置もできない」
「そうかい」
男は剣を両手に呼び出し、握った。
その威圧感に、アラタは一瞬飲まれた。
「勇気。響を連れて撤退」
「けど!」
「命令だ! 味方が多い場所に逃げろ!」
「……了解!」
「また、会えるよね?」
それは、響の声。
「ああ、もちろんだ」
アラタは微笑んでそう言った。
負けるつもりは、そうそうなかった。
+++
地下牢で、鍵が開けられようとしていた。
「まったく、厄介だ。スキルを阻む鍵とはな」
男がぼやくように言う。
隣りにいる男が、鍵を一本一本確かめていく。
「すいません、捕まってしまって」
エリーは申し訳なさげに言う。
「なに。一人きりにした我々の手落ちでもある」
「見つけた、この鍵だ」
鍵を調べていた男が言う。
そこに、少年が一人現れた。
少年は、フルフェイスのヘルメットとスーツに身を包んでいた。
少年の体は返り血で濡れていた。
担いだような長剣からは血が滴っていた。
彼が一歩踏み出すと、体からヘルメットやスーツ、長剣が消えた。
「ああ。スキル有効範囲外か」
ぼやくように言うと、腰の鞘から刀を抜く。
「その外見。裏社会でも有名だぞ。王剣アラタ」
「はた迷惑だな。目立つってことはそれだけ変な奴に目をつけられるってことだ」
「君がこういうシチュエーションで介入しなければいい」
「そうもいかないのが世の中でな」
アラタは、剣を男に突き付けた。
「アラタ、参る」
男は、両手にダガーを握った。
第七話 完
次回『三十六計』




