もしも、の話
「お母さん、お弁当作ってくれた?」
セレナのけたたましい声で目が覚めた。
昨日はなにをしていたんだったか。そうだ、賢者の石の護送に作戦成功祝の飲み会。
ふらふらしているわけだ。
「ごめん。千円札財布から持ってってくれていいから弁当買って」
「やったぜ!」
そう言って、セレナは駆け足で出ていった
「ん、私のお弁当求められてなかったりする?」
そうも思ったが、千円という金額が大きすぎたのだろうと思いなおした。
次から五百円に変えようと思う。
そして、私は再び新幹線に乗った。
東京へ行くためだ。
警視庁で、彼は待っていた。
壮年の男。今までの私の冒険を全てデータとして知っているらしい。注目していた、とのことだ。
さて、なんの話だろう、という思いがある。
賢者の石は運んだ。仕事は、既に終えた。
「君は力の有効活用法を知っているかな」
男は、淡々とした口調で言う。
「有効活用、ですか」
「そうだ」
戸惑う私に、男は力強く言う。
「例えば今、賢者の石という心強い力がある。要人の暗殺、基地への潜入、なんとでもできるだろう。日本はまた強い国に戻ることができる」
「そんな魂胆で賢者の石を使うなら、私は賢者の石を奪って平和を維持します」
「何故だ? 日本が勝つチャンスだぞ?」
「勝つとか負けるとか興味ないんで。平和を維持できてる今が一番です。たとえそれが仮初のものだとしても」
「ふむ……」
壮年の男は、意外にも微笑んだ。
「君が力を持ってくれて良かった。危険人物なら拘束していたところだ」
「試したんですか?」
「まあね」
そう言うと、男は封筒を私に差し出した。
「出張代だ。遊んでくるといい」
私は、しばし躊躇った。
「試しているわけじゃないよ。純粋に慰労費だ」
私は、封筒の先を摘んで持つ。
「この先、結婚や育児もあるだろう。君はいつまで戦うつもりだい?」
私は、笑顔で答えた。
「無論、死ぬまで」
壮年の男は苦笑する。
「そうか。そう歪む人間もいるんだな」
「このお金、地元観光しますね。恋人も娘もいるんで」
「そうだったね。かまわんよ。好きにやってくれ」
そうして、私はその場を去った。
とりあえず焼肉は行かなければならないだろう。
+++
「どこまで本気だったんです?」
「盗み聞きとは人が悪いな」
壮年の男性は、秘書の女性の登場に苦笑した。
「確かに現有戦力ならば他国を混乱に陥れることができるでしょう」
「しかし、それをしないと最強の戦士が言った。私は尊重したいね」
「元からそんな気なかったんじゃないですか」
呆れたように言われて、壮年の男性は小さくなる。
女性は、楽しげに笑うと、壮年の男性の隣に立った。
「さて、今日の仕事ですが」
「デスクワーク多めがいいなあ」
平和に時間は過ぎていく。
彼がそう望む限り。
第十話 完
次回『金色の目』で第十八章は完結となります。
今週の更新もその際終わります。




