新婚さん
結婚しようと決めた二人は、その日のうちに結婚届を出して転居もした。
お互い冷静にならないうちにしておこうという判断は二人の間で一致していたらしい。
そういうわけで、楓は名字が代わり、嫁という立場を手に入れた。
「いやー、電撃結婚でしたね」
喫茶店でソーダフロートを食べながら私、斎藤翠は言う。
「情熱ですね」
水月も微笑みながら言う。
「いや、そういうんじゃないよ。腐れ縁で残ってるのがあいつだけだっただけの話で、愛してるとか好きとかは……」
最後はもにょもにょとした言い草になる。照れているのは彼女らしい。
「お子さんの予定は?」
水月が、からかうように言う。
「それがねー」
楓は頬杖をついてコーヒーを飲む。
「意外とそっちは淡白でね」
「へえ、意外」
「でしょ。けど、この前は凄かったわ」
水月が目を輝かせる。
「どんなことがあったんですか?」
「いや、それがね。相馬が有栖ちゃんを腕枕してたのよ。そしたらお前も来いよって言われて。そしたら、相馬の腕って結構逞しくって、んで顔は近いし。いいのか? これいいのか? って半分パニックになっちゃって」
楓は一度言葉を区切って、コーヒーを飲んだ。
「あれは凄かったなぁ……」
遠い目をして言う。
「あの、楓さん」
水月が、やや慌てたように言う。
「言っちゃ悪いけど、もしかして、処女?」
楓の表情が硬直した。
彼女はぎこちなくコーヒーを飲むと、一つ溜息を吐いた。
「おかわり」
三人の中で一番猥談を好む癖に、自分のことになると人一倍初心らしかった。
+++
「結婚してどうよ」
アラタは、結婚祝いを持って相馬を訊ねていた。二人は、結婚式も開かなかったのだ。ただ、相馬の机の上には、結婚衣装に身を包んだ二人の写真がある。
「変わらないよ」
淡々と相馬は言う。
「またまた」
「洗濯物が一緒になったぐらいかな。後は時々家事で揉める程度」
「色気がないな」
「二人共歳だしな。落ち着いてるよ」
そう言って、相馬はアラタの結婚祝いを受け取った。
「結局、タイミングなんだよな」
相馬は、しみじみとした口調で言う。
「十年以上付き合ってても結婚できない奴もいれば、一ヶ月で結婚する奴もいる。いけると思った時にいかないとだ」
「俺はまだ結婚できないから先の話だな」
アラタは苦笑交じりに言う。
「あっという間だよ」
「結婚するまで?」
「歳を取るのは」
そう言って、相馬は結婚祝いを机に置くと、コーヒーを一口飲んだ。
「来週から我々は賢者の石発掘作業に入る」
「ついに目処が立ったのか」
アラタは、ついつい浮かれた口調になった。
「ああ。写真とイラストは一致している。宮城だよ」
「宮城かぁ。牛タン食べれるな」
「お前の分の新幹線のチケットは確保済みだ。準備しておくんだな」
「おうよ」
そして、アラタはふと気づく。
「新婚旅行がてらちょっと二人の時間を持てばどうだ?」
「俺達は仕事第一だ。近くにまだ賢者の石が眠っているかもしれん」
「色気ねえのな」
「元の関係が関係だからな」
淡々と言って、相馬はコーヒーを飲み干した。
けれども、わざわざ写真立てまで買って飾られている写真が全てを物語っているような気がした。
第一話 完
次回『杜の都』




