叫んだって嘆いたって戻れりゃしないんだ
体が光っていく。この地を去る時がきたのだ。そう思い、私は寂しい思いでいた。
節子とも、英治とも、もう会えない。
青春の大半を共に過ごした仲間だったのに。
英治が、私の手を取った。
「お別れだな」
私は驚きに目を見開いた。
「わかるの?」
「ああ。まあ、なんとなくは、な」
「じゃあ、あなたは私が想像で作り上げた偽物じゃあなくて……」
英治は、微笑むだけだった。
「俺の代わりに、俺の好きだった世界を守ってくれ」
私は、涙を流して頷いた。
「わかった。約束する」
「なら、良かった」
そう言って目を閉じると、英治は宙に浮いて光となって四散した。
私はしゃがみ込み、涙を拭い続ける。
その肩に、相馬の手が触れた。
「俺達はやるべきことをやった」
「うん」
「帰ろう。俺達の世界へ」
世界が夜になり、昼になり、また夜になる。
私達はそれを眺めながら、薄っすらと透けつつあった。
「さようなら」
私が最後に放った言葉。
そして、私達の意識は途絶えた。
+++
目が覚めたら病室だった。
葵も、真千子も、身構えている。翠と相馬はまだ寝ているようだ。
「なに? 私が暴れるとでも思った?」
からかうように言う。
「実際に暴れた人が言っても不吉なだけですよね」
葵が怯えるように言う。
「そうね……けど、ケリはつけたから」
そう言って、私はベッドを降りる。そして、屋上へ向かって歩き出した。
十分ほど空を見ていると、相馬がやってきた。
彼は、隣に並ぶ。
「情報は結構ある。ビル街があるから地方都市じゃないかって話が出てる」
「そっか。じゃあ私の苦難も、苦痛も、無駄ではなかったわけだ」
「そういうことだな」
「ねえ、相馬」
「なんだ?」
「なんで人って、死ぬんだろう」
「そうさなあ……」
相馬は珍しく、茶化さずに考え込んだ。
「ただ、思いを託す相手を見つけて死ぬことは、ただの不幸ではない。俺達は過去にいなくなった人々の思いを繋いでいかなければならない」
「そうね」
沈黙が漂った。
私の目から、涙が一筋落ちた。
「恋をしてたの」
「ああ」
相馬は驚くことなく、答える。
「夢だったってことが信じられないくらい。できるなら、もう一度あの夢に戻りたい」
「俺にも似た経験はあるよ」
相馬は、珍しく励ますように言う。
「本当に?」
「本当さ。一ヵ月ほどの長い恋愛の夢を見た。起きたらしばらく引きずったな」
「あんたらしくないわね」
「まったくだ」
困ったものだ、とばかりに相馬は溜息を吐く。
「けど、俺達の肉体は現実にある。実に不自由だ。どんなに幸せな夢を見ても枷のように肉体は邪魔をする」
「うん」
「まあ、肉体がある世界で頑張るしかないということだ」
私は、苦笑交じりに返す。
「叫んだって嘆いたって戻れりゃしないんだ」
「……過去には戻れない。けど、今は、俺と、節子の忘れ形見がいるだろう?」
私は黙り込む。そうだ、節子は忘れ形見を残したのだ。
「三人で思い出を積み重ねていく。それは、嫌か?」
「それって……プロポーズ?」
私は、躊躇いがちに問う。
「お前みたいな喧嘩相手がいないと味気ないよ。それに、お前はもう俺達の生活の一部だ。欠けるなんて考えられない」
相馬は淡々と言う。
「考えてみてくれ」
「……答えなんて決まってるさ。節子の娘なんてカードとして強すぎるんだよなあ」
私はそう言って、屋上のフェンスを掴んだ。
「そうか」
相馬が微笑んだのがわかり、頬が熱くなる。
少し肌寒くなった風が、病衣の中を通っていった。
第十七章 完
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