接近
病室で、イヤリングが光を放ち始めた。
「近づいている。限りなく、イヤリングの記憶に近づいている」
葵が興奮気味に言う。
「けど、わからないわ。どんな敵が待ち受けているか」
真千子が、表情を曇らせて言う。
「敵?」
翠が、二人の横に座って言う。
「石神勇人と島津武豊が障害として出てきた。どうやら、楓さんが強敵と認めた相手がボスとして出てくる仕組みみたいです」
「それじゃあラスボスを倒せば……?」
「イヤリングの記憶が見れる」
葵は、輝くイヤリングに視線を落としながら言う。
「相馬さんを送ったのは正解だったね。物語が急速に動き始めた」
真千子が言う。
「けど、戦力的には不足してるかもしれない。俺の想像が現実だったら……」
そう言って、葵は翠を見る。
翠は怪訝そうな表情をするだけだった。
その時、楓が唸り声をあげた。そして、彼女は起き上がる。
「楓さん!」
翠が近づいていく。
「私を戻して!」
楓の第一声がそれだった。
「楓さん……?」
翠は戸惑う。こんなに焦った楓の姿を見るのは初めてだ。
「節子や英治がいるあの世界に返して! 私が本当にほしい世界はここなんかじゃない!」
「落ち着いて。楓さん、ちょっと落ち着いて」
楓は軽い錯乱状態のようだ。
すぐに葵が駆けていき、看護師を呼んできた。
そして、楓の手に注射がうたれる。
「じきに眠くなりますよ」
楓は、落としたおもちゃを拾った子供のような、安堵した表情になって目を閉じた。
「……楓さんらしくなかったね」
翠は呟くように言う。
「この人でも取り乱すことってあるんだな」
葵は、戸惑うように言う。
「最終目的地まで後ちょっと」
真千子が、淡々とした口調で言う。
「けど、この人は現実に帰ってこれるのかな?」
不安げな口調だった。
「現実は厳しい。取り返せない喪失だってあるし、働かなければ食事もままならない。夢こそは優しいままで人を受け入れてくれる」
「……楓さんは、そんな弱い人じゃないわよ」
祈るように、翠は言った。
第七話 完
次回『天衣無縫』




