園部勇気は恋を知らない
私は、園部勇気は、恋を知らずに育った。
成長が早く、小学生の時点で百七十センチの高身長。
同級生の男は私を運動神経のある仲間と扱い、女の中には私に恋をする者すらいた。
私は恋を知らなかったのだ。
だから、これが恋と言うことすら知らなかった。
知りたくなかった。
そんな激しい感情が世の中にあるなんて思いたくなかった。
だから私は、気づかぬふりをした。
多分、スタートはその地点まで遡るのだと思う。
夜の縁側で、空を見上げる。
三つ並んだ星は、今日も輝いている。
闇をまとった女が、音もなく現れた。
「驚かないのね」
「覚悟はできたからね」
私は前に体重をかけ、刀を引き寄せ、低い声で言う。
「あなたは、私なんでしょう?」
女を包む霧が消えた。
「ご名答」
立っていたのは、少し色黒だが、園部勇気そのものだった。
「あなたが斬りたいと思ったものを遠慮なく斬ってきたわ。少しすっきりしたでしょう?」
心の中で荒れ狂う恋の感情。それに蓋をしようとして失敗してできたのが不格好なもう一人の自分。
「こんな大暴れされて、嬉しい訳がない」
私は吐き捨てるように言う。
「そうかしら。あのスマートフォンのオバンを斬った時、あなたは内心喜んでいた」
私は、言葉に詰まる。
仲間の悪い噂を立てようとする女に天罰が下って、ざまあみろとすら思っていたかもしれない。
「私はこれからもあなたの味方。あなたの邪魔をする人間を一人ずつ斬っていくの」
「こんな話、知ってる?」
「なにかしら」
「気に食わないものを消せるスイッチを手に入れた人間がいた。その人はそれを多用した。そして、最後には一人きりになって寂しくて涙した」
もう一人の私は、なにも言わず微笑んでいる。
「人間は時に衝突したり、時にすれ違ったりしながらも、それを解決して生きていく。そうして大人になっていく。私の知っている限りではそうだわ」
「そうかしら。その割には、あなた達の解決方法はいつも殺害や投獄じゃないかしら」
私は黙り込む。
反論できなかったのだ。
「度を超えた人間は阻害される。そして今度は、私達が阻害される番。あなたがこれ以上、暴れるならば」
「身の程を知っていると」
「ええ、そうよ。私は自分の身の程を知っている。自分のポジションを知っている」
「もういない幼馴染に心の中で縋りながら?」
その一言は、私の心を射抜いた。
「本当は怯えて一歩も踏み出せないだけな癖に」
「……黙れ」
自分でも驚くほどの低い声が出た。
「低いハードルだけ選んで飛び越えて、上手くやっていると自分を慰めている」
「……黙れ!」
「だから成就しない。あなたの恋は」
「既に恋人がいる人だ!」
私は、刀を抜いて残った鞘を投げ捨てた。
「それがあなたの限界。それが私を作った」
もう一人の私も、刀を抜いた。
そして、月明かりの下で、二つの刀がぶつかりあった。
力も一緒、技量も一緒。
戦いは激しい打ち合いになった。
アラタに貰った刀に刃こぼれができる。
それが、互いに躊躇いとなっ剣筋を鈍らせる。
そして、勝負の決着がつくのは案外早かった。
園部勇気は超越者である。レーザーを放つ能力を持っており、それは大抵のものは焼き貫く。
私は忘れていた。
相手は覚えていた。
私の腹を、レーザーが射抜いた。
私は膝をついて、腹を抑えて呻く。痛くて声すら出せない。
「さて、どうしようかしら。本体を交換しようと思うけれど、やり方がわからないわね」
そう言って、もう一人の私は私の顎を掴んで顔を上げさせると、優越感を漂わせた表情で言った。
「そこまでだ」
怒気の篭った声で言ったのは、愛しい人の声だった。
アラタが、その場に現れていた。
第八話 完
次回『園部勇気は知らないふりをする』




