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ソウルキャッチャーズ~私は一般人でいたいのだ~  作者: 熊出
第一章 私は一般人でいたいのだ
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胎動

「広範囲殲滅型ソウルイーターを名乗ったそうだよ」


 壮年の男性が、窓の外を見ながら淡々とした口調で言う。よく晴れた天気だ。


「どう対処を?」


 眼鏡をかけた若い女性が、不安そうに訊ねる。


「投獄しかあるまい。彼女の犯行は殺人にあたる」


「情報は、聞き出せないのですね」


「なにぶん、吐かないものでね。各地に現れたソウルキャッチャー。その対処に、我々は後手に回っているのが現状だ」


 若い女性は、眼鏡の位置を正しながら黙り込む。


「君は、あのスキルについてどう思う?」


「あのスキル、と言いますと?」


 若い女性は、問われて戸惑うような表情になる。


「あれだよ。全てを焼き尽くす炎だよ」


 若い女性は、複雑そうな表情になった。


「彼女以上の適合率を持った超越者は、この県下にはいませんでした。彼女こそが、炎の魔女に相応しいかと思います」


「一つでも手駒の欲しい状況だ。使うしかないかな」


 そう言って、壮年の男はポケットからジッポライターを取り出す。


「ここは禁煙です」


 若い女性に嗜められて、壮年の男は無言でポケットにライターをしまった。



+++



「熊が出るんですって」


「へえ、熊」


 早朝の電車で、私と恭司は向かい合っていた。


「不意打ちでもされない限り、君の勝ちだ」


 そう、恭司はからかうように言う。


「まあねえ。あのソウルキャッチャーから得たスキルは多いから」


「前のスキルみたいに警察に取り上げられなかったのか?」


「楓さんが過小報告してくれたのよ」


 そう言って、肩を竦める。


「呪いのスキルは使わないでくれよ。あれはマジでキツい」


「そんなに酷いの?」


「常人なら精神崩壊するって説明だけで十分だよ」


 恭司はげんなりした表情でそう言った。


「なら私の中に封印しとくか」


「それが一番だと思うよ」


 電車が停まる。恭司が別れの挨拶をして出ていった。

 そして、再び電車は走り出した。

 私は、背中に堅い感触を感じた。


「悲鳴は上げるな。上げた瞬間撃つ。逃げようとするな。足を撃って引きずってでも連れていく」


 小声で、そう囁かれた。子供の声だ。


「冗談はよしなさいよ。ガキは学校行ってなさいな」


 そう言って、振り向く。

 少年は、ポケットに隠していた手を外に出した。

 手には、銃が握られていた。


「前を向け」


 少年は、銃をポケットにしまいながら言う。

 私は、言われるままに前を向いた。


「手助けはいる?」


 浮遊霊、歩美が声をかけてくる。


(相手の動機を知りたい。様子を見るわ)


「そう。見てるうちに頭に穴があいてないといいけどね」


 歩美は呆れたように言う。


(ぞっとしないジョークだわ)


 体の力を抜き、できるだけ緊張感を逃すように務める。

 いくら戦い慣れしているとはいえ、銃の引き金に相手の指がかかっている今の状況を直視したら恐怖感を覚えることは避けられないだろう。


 窓の外からビル街が消えて行く。そして、のどかな光景が広がり始めた。


「次で降りろ」


 少年は小声で言う。


「わかったわ」


 私は、素直に従う。

 電車が停まると、降りた。


 そして、少年に押されるままに改札を出る。

 少年が何故自分を狙うのか。それに、興味があった。


 次第に、大きな病院が見えてきた。


「あこが目的地?」


「……そうだ」


「私になにをさせる気?」


「自分の胸に聞いてみろ」


 刺すような声でそう言われても、思い当たる節はない。

 そして、三階のナースセンターに辿り着くと、笑顔の看護婦が歓迎してくれた。


「葵くん、またお見舞い? 学校は行かなくてもいいの?」


「今日は特別なゲストを呼んだから……あいつの状態は?」


「変わりないわ。声をかけてあげて」


 看護婦は苦笑して、そう言った。

 そして、私は押されて、ある一室に辿り着いた。

 開け放した窓から入り込んだ風がカーテンを揺らしている。


 そこで、沢山の管をつけた少女は陽光を浴びて寝ていた。

 綺麗だ、とそう思った。


「あんたなら元に戻すことも可能だろう? 繁華街で倒れた数十人の意識を戻した奇跡の力。俺にもう一度見せてくれよ」


 少女の額に触れ、髪に触れる。

 それだけでわかった。

 魂が、抜かれている。


「無理よ。私はこの子の魂を持っていない。持っていないものは戻せない」


「嘘をつけ。繁華街で奇跡を見せたのはお前だ」


「なら、何故数十人は倒れていたと思う? 他に、奇跡の技を使う人間がいたからよ」


「そいつが魂を抜き、あんたが戻したと?」


「端的に言えばそうね」


「ソウルイーター……」


 憎々しげに少年は言う。


「なら、次の場所へ行く。来い」


 少年に促されるまま、病院を出る。

 連れてこられたのは、河川敷の橋の下だった。


「で、どうすると?」


「お前達は、いてはいけない存在だ」


 少年はそう言って、ポケットから銃を取り出す。そして、慎重に狙いをつける。狙っているのは、私の頭部だろう。


「俺は全てのソウルイーターを殺し、あいつを取り戻す」


「私はあなたに協力できるわ。私は魂を剥ぎ取れる。あなたの助けたい女の子の魂を持った相手にもそれは有効よ」


「お前は危険すぎる。野放しにはできない。俺みたいな思いをする奴を一人でも減らすために!」


「私も人間よ。あなたと同じ、人間よ」


「黙れ! モンスター!」


 銃弾が放たれた。

 そして、私の鼻に当って落ちた。


「なに?」


 少年は戸惑ったように銃を連射する。

 しかし、その全てが空中で勢いを失って落ちていった。


「銃弾の勢いを殺した」


「なんだと……?」


「銃じゃ、私は殺せない」


 思わず、笑う。


「まあ、確かにモンスターね」


 少年は指を何度も引く。しかし、弾は勢いをそがれて落ちていく。

 そのうち、銃弾の全てを撃ち尽くした。

 私は、スキルを解いて、少年に歩み寄った。


「行きましょう。共に。それが一番の近道だわ」


「嘘だ、嘘だ、嘘だ、嘘だ、嘘だ!」


 少年はトリガーを引き続ける。しかし、銃弾は出ない。

 そのはずだった。


「危ない!」


 歩美が叫んだが、遅かった。

 銃声が響いた。

 銃弾が飛び出し、私の心の臓を貫いて背中から飛んで行った。

 私は血を吐き出し、倒れる。


 そして、そこに銃弾の雨が降り注いだ。

 少年の荒い息が、周囲に響いていた。


「精神の極限状態で新しいスキルが覚醒した。彼が望んだのは、弾を補充するスキル」


 歩美が、淡々とした口調で言う。


「そっかーそういうのもあるんだ。超越者って」


 少年は、私の声に震え、戸惑うように数歩後退した。

 私は立ち上がる。


「鉄化能力とそれに伴う再生能力。繰り返し言う。銃弾じゃ私を殺せない」


 少年は項垂れて銃を持つ腕をおろした。その手から、銃が落ちて、地面に転がる。


「私に協力したらあなたの助けたい女の子は助かる。どう? 手伝ってみるつもりはない?」


 少年は顔を上げて、涙を拭う。

 この時、初めて私は思った。

 美少年だな、と。


 女装でもさせたら楽しいに違いない。


「案外サドねーあんた」


 歩美が呆れたように言う。


「助かるという保証は?」


「私があなたに復讐しない。それだけで悪人でないことはわかってもらえると思うけど」


 少年は、しばし考え込んだ。


「わかった。手伝うよ、あんたに。俺は、神楽坂葵」


「私は斎藤翠。翠さんでいいわよ」


「わかった」


 私は手を差し出す。

 少年は、躊躇うように手を伸ばす。

 私はそれを掴み、強引に握手した。



+++



「まあ、それは本当ですか」


 女性は、どこかおっとりした口調でそう言った。

 そこは、地下牢。

 湿気の強いその空間の中で、女性は囚人服を着て両手の掌を合わせて手を組んでいた。


「ええ。あなたこそが炎の超越者に相応しい。上の決定です」


 看守は、無感情にそう言う。


「外に、出れると」


「ええ」


「それはありがたい。早速教会を修繕しないと」


「一番の目的はわかってますね」


 女性は、おっとりと微笑んだ。


「ソウルイーターの捕縛です」


「もしくは、殺害」


 看守は、脅すようにそう言う。


「全ては神の御心のままに」


 そう言って、女性は目を閉じて祈った。




第二十話 完

次回『役者はそろった』本日中投稿です。

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