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ソウルキャッチャーズ~私は一般人でいたいのだ~  作者: 熊出
第十六章 園部勇気は恋との上手な付き合い方を知りたい(第三部最終章)
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園部勇気の日常はありきたりだ

 私の日常は、アラタとの修行の時間以外は平凡なものだった。

 高校へ行き、友達とくだらない話で盛り上がり、勉強をし、帰る。

 どこにでもあるありきたりな日常。

 けど、一度失ったら中々戻れない日常。


 その喪失を、私は一度味わっている。

 二度がないように、私は修行しているのかもしれないな、と思う。

 肩に担いだ布には、アラタに貰った新しい日本刀が入っている。

 超越者なにするものぞといった感じだ。


 そんな中、私は思いもしない人を見つけて、足を止めた。

 響が、買い物袋を抱えて歩いていた。


「響さん!」


 響は振り返って微笑む。


「勇気ちゃん。今帰り?」


「ええ」


 そう言って、響の傍へ駆け寄っていく。


「荷物、持ちますよ」


「……頼ろうかな。同じ女でも鍛えてる人は違うだろうから」


 そう言って、響は季節外れになりつつあるスイカの入った買い物袋を私に渡した。

 多少重いが持てないほどではない。

 これぐらい持てなければアラタの剣戟には耐えられないだろう。


「修行の方はどう?」


「師匠は日に日に強くなってます。インターハイなんてもう余裕でしょうね」


「どうかな。あなた達がやってるのは殺し合いの練習。剣道はルールがあるわ」


「確かに、師匠の才能の開花が遅れたのはそれが一因かもしれませんね」


「あんなに強い奴じゃなかった」


 懐かしむように、響は微笑んで言う。


「けど、いつまで今みたいな仕事をしてるんだろう、とは思うわね」


 この人は日常を愛おしいと思う人なのだ。私は、意外な思いでそれを聞いていた。

 ソウルイーターの一員だった彼女。

 放たれる平穏な言葉の一つ一つが、その過去に疑問符をつける。

 この人は、今の暮らしがあってるんだ。そう思う。


「ねえ、あの子じゃない? アイドルごっこして小金稼いでた子って」


 中年女性の声が聞こえた。


「アイドルごっこ?」


「そう。ちょっと話題になったから覚えてる。騒ぎになったのにまだ葵って子といるのね」


 私は視線を動かして葵を探す。

 確かに、葵は知らない少女と歩いていた。

 けど、中年女性二人の声は、人を小馬鹿にしたような、嫌らしい響があった。

 中年女性の一人がスマートフォンを取り出す。


「どうするの?」


「カメラに撮ってラインに流したらどうなるかなって」


「ちょっと、あなた達!」


 響が前へ歩き始めた。


「そんなもの構えてなにをやっているんですか?」


 響の真っ直ぐな瞳に射抜かれ、二人はたじろいだように見える。

 強い人だ。そう思う。

 私もそうあれたらいいのに。私に、そんな対人スキルも勇気もない。

 名前が勇気なのに勇気が足りないのだ。

 その時のことだった。

 真っ暗な霧に包まれた人が現れ、剣を一閃させていた。


「危ない!」


 言うが、遅い。

 スマートフォンを構えていた中年女性の両腕が、地面に落ちた。

 悲鳴が上がる。

 私は日本刀を鞘から抜き、響を背後に庇って立った。


「こいつに両腕はいらない」


 霧の中の人が言う。女の声だ。


「そう思うだろう?」


「だからって斬っていい免罪符になるわけじゃないわ」


 そう言って、私は相手を剣で指す。


「あなたみたいな人間を野放しにしておけば超越者全体の立場が悪くなる。悪いけど、勝つわ」


「それは困る」


 霧の中から、笑った気配がする。


「私の目標は、そこの響なのだから」


 響が硬直するのを感じる。


「……大丈夫。守るから。少し離れた場所で師匠を呼んできてください」


 私の言葉に響は頷くと、地面に落ちた荷物を持って駆けていった。

 そして、私と霧の中の女性は対峙した。


 アラタ流剣術の肝は見にある。

 いかに早く相手の攻撃パターンを掴み最速の反撃を与えるか。

 そこに重点を置いている。


 しかし、相手は中々斬りかかってこなかった。

 救急車がやってきて、女性を連れて去っていく。

 そのサイレンの音に紛れようとするように、霧の女性は刀を振りかぶった。


 刀を振り上げて弾こうとする。

 相手の刀の軌道が変わった。

 斜めに振り下ろし、その反動をつけて横薙ぎの一撃を放つ。

 それを、私は受け止めていた。


 私ならばそうするだろう。そう思ったのだ。

 そして、全力の一撃を受けて硬直した私に効くのは、真正面からの蹴り。

 辛うじて回避する。


(こいつ……)


 私は舌打ちする。

 どうやら、力量の近い相手を掴んでしまったようだ。


 ならば、成長の機会だと割り切るしかない。

 警察のパトカーのサイレンが近づいてきた。

 アラタが乗っているだろうと希望的観測を抱く。


「どうする? 続ける?」


 霧の女性は刀を下ろすと、まるで初めからいなかったかのように消えてしまった。

 なんだったのだろう。私は呆然とその場に立ち尽くした。


 パトカーからアラタが降りてくる。

 そして、私の背を叩いた。


「よく響を守ってくれた。ありがとう」


 私はそれを、複雑な思いで聞いていた。

 響はいい人だ。けど、乗り越えたい壁でもある。


(敵に塩を送った、か)


「師匠の想い人です。守るのは当然ですよ」


 そう言って、私は胸を張った。



第二話 完

次回『園部勇気の日常における変化』

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