園部勇気の朝は早い
勇気ちゃん二度目の主役です。
スマートフォンのバイブレーションが鳴っている。
どこで鳴っているのだろう。
薄っすらと目覚めた私、園部勇気は手をはわせてスマートフォンを探す。
三時三十五分だった。
大変だ、遅刻してしまう。身だしなみを整えるのも程々に家を出た。
自転車に乗って、走る。目的の場所まで二十分。
師匠であるアラタは、既にランニングの準備を整えていた。
彼の変身衣装と同じ白いランニングシューズに白いジャージ。
アラタをイメージすると白色を思い浮かべるのはそのせいだろう。
「師匠、すいません、遅れました」
「五分前じゃん」
アラタは戸惑うように言う。
「けど、弟子が師匠を待たせるなんていけないと思うんです」
アラタは小さく笑った。
「妹弟子と違って律儀な姉弟子で助かる」
褒められた。
それだけで私は心が暖かくなるのを感じた。
まだ薄暗い町を二人で走り始める。
日課のランニングだ。
世間話も程々に、いつものコースを走る。
「師匠、空が白くなってきました」
そう言って、私は足を止め、空を見上げる。
遠くの空が白くなっていて、けど頭上にはまだ月が出ていて。
朝と夜が混じり合っているかのようだ。
「そうだな。ここは、朝と夜の狭間だ」
同じく立ち止まっていたアラタが言う。
「眺めてるか?」
「道場での練習時間がなくなっちゃいますよ」
そう言って、私は再び駆け始めた。
アラタも、駆け始める。
歩幅も違う。筋力も違う。本来ならアラタがずっと先を進んでいただろう。
そうならないのは、アラタが私に合わせてくれているからだ。
(優しいんだよな……)
苦笑する。
その優しさが自分だけに向けば良いのに。なんて、夢みたいなことを考えてしまったからだ。
それは、けして考えてはいけないことだったが。
家に戻ると、響が庭の掃き掃除をしていた。
この人は、スキルを失ってからすっかり戦いから遠ざかってしまった。
引き際が良い、とも言えるだろう。
「早いな」
「アラタもね」
そう言って、二人は苦笑し合う。
すっかり二人の空間だ。
「たまにはサボろと思うんだが、持久力は落ちたら戻すのが面倒そうだ」
「いっそ思い切ってサボって家事してみれば? 小母さんが小躍りするわよ」
「俺は剣士だ」
「今の世の中はその理屈じゃ生きていけないのよ」
響はそう言ってくすぐったげに笑うと、庭の隅を掃きに行った。
「さて、やるか」
そう言って、アラタは私に向き直る。
「やりますか」
私も腕まくりする。
「道場の拭き掃除」
「はい!」
練習時間はどんどん短くなっていくのであった。
けど、ランニングの時間を私は愛おしく思っていた。
アラタを、貸し切りにできるからだ。
第一話 完
次回『園部勇気の日常はありきたりだ』




