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ソウルキャッチャーズ~私は一般人でいたいのだ~  作者: 熊出
第十五章 偶像症候群/RPGなんて懲り懲りだ
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偶像症候群

 今日の夜もコンサートが始まった。


「あの写真はなんだー!」


「神楽坂葵とかいう奴を出せー!」


 そう、野次が飛ぶ。歓声の中に紛れているが、確かに聞こえる。

 僕は、青葉のサングラスをかけてそれを聞いていた。

 痛ましい気持ちになる。

 サングラスに、敵に堂々と立ち向かう青葉の勇気を分けてもらえるように祈る。


 三人は歌い始める。通常運転だ。

 いつもはあるコールが、今日はない。


 そうだ。今日、皆が聴きたいのは歌ではなく、言葉なのだ。


 そして、チーコこと真千子の時間がやってきた。

 真千子はマイクを握って言う。


「今回の騒動は、私が発端です。どうもすいませんでした」


「神楽坂葵とはどういう関係なんだー!」


 野次が飛ぶ。


「彼は良い友人です。というか、彼の視界に私の姿はないのです」


 真千子は苦笑交じりに答える。


「さて、ラスト前にいっときましょうか」


 そう、ユーコが言う。

 座席がせり上がって、二人の少年が晒し者にされた。


「チーコの個人情報をばら撒いた男と、写真を撮影した男です。です。その罪は、万死に値する」


 他の少女が、真千子に銃を手渡す。

 真千子は銃で狙いを定めた。

 そして、腕をおろした。


「私には、撃てない……」


「うーて! うーて! うーて! うーて!」


 ファン達は振り上げた拳の下ろしどころを求めるように叫ぶ。

 真千子はそれに背を押されたように、銃を構え直す。

 しかし、引き金にかかった指は小刻みに震えている。


 真千子は、目を瞑って、引き金を引く指に力を入れた。


「佇め、撫壁」


 ビームが放たれる。

 それを、僕は恭司に借りた撫壁で防いでいた。

 僕は宙を浮いている。これは、翠から借りた能力だ。


「なっ……」


 周囲が戸惑ったような表情になる。

 僕は真千子を抱き抱えて、空を飛んだ。


「世界を閉じれるか?」


「……うん」


「じゃあ、閉じてくれ。この混沌とした世界を」


「わかった」


 真千子は、そう言って目を瞑った。

 気がつくと、僕は自宅の一室で、撫壁を持ちながら上半身を起こしていた。




+++




「私達がやりたかったのは音楽だ。争いじゃない」


 ユーコがそう言う。


「本当、そうだよね」


「けど、チーコなんて個人情報晒されてるんだよ」


「引退ライブをしよう」


 そう、真千子は言う。


「私は抜けるよ。皆にスキャンダルはない。それでこの騒動は終わる」


 三人は、目に涙を浮かべて真千子を見た。


「それにね」


 真千子は言う。


「神楽坂のこと好きなんだ、私。アイドル失格だよ。私達は、少女である前にアイドルなんだ」


 三人が集まってきて真千子に抱きつく。


「裏方として皆を手伝う。それがこれからの私の仕事だ」


 そう言って、真千子は皆の背を撫でた。

 まだ、やらなければならないことがる。

 それまでは、死ねなかった。



+++



 放課後、いつもの時間。

 真千子はいつものように、葵の席に向かう。


「昨日はありがとう」


「……ドリームチケットと事件の関係性を結ぶまでに至ってなかったから良かったけどな。本来ならお前らお縄だぜ」


 葵は呆れたように言う。


「私の歌、覚えてる?」


 葵は戸惑ったような表情になり、頷く。

 真千子は、その頬にキスをした。


「君が好きだった」


「俺は……」


 口開きかけた葵を、真千子が遮る。


「いいの。わかってる。他に好きな人がいるって」


 葵は黙り込む。


「こんな奴もいたなって、時々思い出してほしい。君の記憶の一部に、居場所を作って」


「わかった」


「じゃあね」


 そう言って、真千子は葵に背を向けた。


「もう行くのか?」


「どうせバイトか教会でしょ。そんな男、こっちから願い下げ」


 冗談めかしく言って、真千子は去っていく。

 目に浮かぶ涙を見られないように、けして振り向かなかった。




+++




「アイドルってなんなんでしょうね」


 ドリームチケット事件について調べていた翠と、僕は喫茶店で会話していた。


「偶像じゃない。トイレしない恋もしない嫌な部分もない人間なんているはずないのに。彼女達はアイドルである前に少女なんだ。けど偶像症候群はそれを許してくれない」


「何故アイドルにはまる人がいるんでしょうか?」


「夢を共有しているんじゃなかな」


「夢?」


「アイドルは歌って嬉しい、ファンは聞けて嬉しい」


「それだけで成立するかなあ」


「どうだろうね。私にはわからないところだわ。偶像症候群なんて」


「……世の中、もっとシンプルなら楽なんですけどねえ」


「嫉妬とか、独占欲とか、恋心って聞こえは綺麗だけどその中には醜いものが沢山あるんだよ。今回の事件は、その醜い部分が露出した形になったんじゃないかな」


「偶像症候群か……」


 僕はジュースを一口飲む。


「けどさ」


 翠は言う。


「アイドルがファンと結婚した例なんてあるのかね?」


「聞いたことはないですね」


「なら、なんで恋するんだろう? わかってるから恋愛禁止を掲げて縛るのかな」


「んー……」


 僕は考え込む。


「水月がアイドルだったら」


 僕は呟く。


「僕はバイト代全額使う気はしますね」


「情熱的だあ」


 若干呆れ混じりに言って、翠はコーヒーを飲んだ。



第五話 偶像症候群 完


次回『レベル上げが終わらない』

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