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ソウルキャッチャーズ~私は一般人でいたいのだ~  作者: 熊出
第一章 私は一般人でいたいのだ
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撫壁は立ち続ける

「おはよう、翠さん」


「おはよう、恭司君」


 田舎なのと早い時間なのもあって、朝の電車はそこまで混まない。のどかなものだ。

 最近はどうしてか、恭司と遭遇することが増えていた。

 恭司は、スーツ姿だ。


「前回逃したのは痛かったわねー」


「前回で仕留めたかったよね」


「うん。早く終わってほしいわ、こんなこと」


「平和なのに越したことはないが、そうなると会える機会がなくなるな」


 予想外の一言に、思わず返事を忘れる。


「今度、水族館でも行く?」


 軽い調子の提案に、相手の顔を見て、足元を見て、しばし考える。


「行こっかな」


「よし。世界を平和にするモチベーションがわいてきた」


「大げさだよ」


 可愛らしい人だなあ、とつい思ってしまう。

 剛にはそんな面はなかったから。

 そこでふと、剛の件を思い出した。

 人の人生を奪った私が、人並みの人生を楽しんでいいのか。

 答えは出ない。


「じゃ、俺次の駅だから」


「あ、うん。じゃあ、また夜に」


「なあ」


 恭司は真剣な目で私を見ていた。


「罪悪感を払拭できないなら、君がフードのあいつを倒せば、償いは果たせるんじゃないか」


 私は黙り込む。考えに、答えはでなかった。


「そのためにも、俺は君達に協力する」


 電車が停まり、扉が開く。


「そういうことだから、じゃあ」


 恭司は去っていく。

 その後ろ姿を眺めて、私は小さく溜息を吐いた。


 剛はきっと、私が苦しむことなんて望んではいない。

 そう、望んでいるはずはないのだ。

 しかし、そう簡単に割り切れるものでもなかった。



+++



 夜の時間がやってきた。

 楓が繁華街を歩き、ビルの屋上や上空から私と恭司がそれを護衛する。


「今日は平和だな」


 恭司が双眼鏡を見ながら呟くように言う。


「敵も毎日は動いちゃいないさ。あ、超越者がスリをしている瞬間を目撃」


「確保するわ」


 楓の声が電話越しに聞こえてくる。


「猫ちゃん探索隊も今回はハズレだし、手詰まりかなあ」


「河岸を変えたと考えることはできるかもな」


 そう言っていた時のことだった。

 背筋に悪寒が走った。

 なにか、悪いことが起こる。そんな予感がする。


 これは、私がスナッチャーを発動させる時の感覚に似ていた。

 悲鳴が上がった。


 繁華街の広範囲の人が、地面に倒れ伏していた。

 その中央に、女性が一人。

 楓は慌てて現場に向かって駆け始める。


「楓さんが危ない!」


 私は叫んで、恭司を担ぐとビルとビルの隙間から飛び降りた。

 全身を鉄化させる。

 鈍い音を立てて、私は地面に着地した。


「だんだんやることが派手になってる気がする」


 ぼやくように恭司は言う。


「ほら、せっかくのスキルだし有効活用しなくちゃ」


 そう言って、私は照れ隠しのように前を駆け出した。




+++



 悲鳴を上げて人が逃げていく。

 毒ガスを連想したのだろう。

 その中央に佇む長身でセミロングの髪の女が、一歩前に歩こうとした。

 しかし、その一歩が踏み出せない。

 見ると、靴が氷で地面に固定されていた。

 少し先には、倒れた人の脈を確認する小柄な女性が一人。


「あなたもソウルキャッチャーってわけだ」


 小柄の女性はそう言って、皮肉っぽく微笑むと立ち上がった。


「それは違う」


 長身の女性は言葉を続ける、


「広範囲殲滅型ソウルイーター。それが私の正式名称」


「自己紹介恐れ入るわ。隣の県でかなり暴れてるって噂の奴ね。私は楓。あなた達の敵よ」


 そう言って、楓は倒れている人々から数歩下がる。

 そして、懐から取り出した銃を構えた。


「訊くけど、あなたみたいなソウルキャッチャーって何人もいるの?」


「愚問。潜るものは潜るし、表に出るものは表に出る。私のように」


 長身の女性は、靴を脱いで、一歩を踏み出した。

 楓は一歩を引き、長身の女性の足をさらに氷で固定する。


「それ以上近づかないで! 大人しく投降なさい!」


 女性の唇の橋が、小さく歪んだ。


「誰が、さっきの範囲が限界だと言った?」


 楓の形相が変わる。

 次の瞬間、楓の魂は女性の手に取られていた。


「楓さん!」


 翠の悲鳴が響くのを感じながら、楓は膝から地面に崩れ落ちていた。



+++



「AEDでなんとかする。二人も逃げろ」


 そう言って、上空からやってきた相馬が楓を抱えて飛んでいく。


「楓さんの魂、返して」


 私は、楓よりさらに距離を置いて、長身の女性と対峙していた。


「そうかそうか。あなたがこの町のソウルイーター」


 納得したように、長身の女性は言う。

 そして、なにかを掴んでいた掌を握りしめた。


「これでカエデという存在はいなくなった。そして、あなたたちも消える。私は広範囲殲滅型ソウルイーターだから」


 そう言って、女性は靴をはきなおし、前進を始める。


「無理だ、逃げろ!」


 恭司が叫ぶ。

 銃声がした。

 空中から、相馬が発砲したのだろう。

 しかし、弾丸はある一定の位置で勢いを失って落ちた。


「銃弾の勢いを殺した」


 淡々と、長身の女性は言う。


「あなた達に勝ち目はない。常に即死攻撃ができる相手に勝てる道理はある?」


「即死攻撃なら、私にもあるさ……」


 スナッチャー。広範囲をカバーすることはできないが、決まれば一発で相手の魂を盗み取れるスキル。

 そして今、私の身体能力は鬼を吸収したことによって尋常ではないレベルまで高まっている。


「一か、八か……」


 そう言って、私は一歩を前に踏み出した。


「馬鹿じゃないの、あんた。相手は化物よ!」


 歩美の罵声が聞こえる。


(ごめん。私、馬鹿なんだ。楓さんの魂を持った相手を、放置できない。楓さんの能力を、悪用させたくない)


 歩美は黙り込む。そして、溜息を吐いた。


「好きになさい」


 私の右手が輝きを放つ。

 その時、広範囲の地面が凍って私の靴もそれに固定されてしまった。

 関係ない。光の手は伸びる。


「スナッ」


「遅い」


 女性が言うと、光が世界を満たした。

 いや、光はあるものに遮られている。

 恭司のスキル、カイトシールドの撫壁だ。

 前面の防御に関しては右に出るものがいない。


「氷、サイコキネシスで壊して」


 恭司は、淡々とした口調で言う。

 私は言われた通り、歩美に依頼して足を自由にしてもらった。


「まったく、無茶をする。翠さんは自分の命なんてなんとも思ってないんだな」


「思ってるけど……」


 一般人として、仲間のスキルが悪用されるのは黙っていられない。


「撫壁で前に出る。トドメまでは、俺が守るよ」


 そう言って、恭司はゆっくりと前進を始めた。

 光が消える。そして、次なるスキルが放たれた。


「くっ」


 恭司は、苦悶の声を上げる。

 見ると、撫壁の周りは黒い闇に覆われていた。

 恭司が立ち止まる。


 そして、頭を振ると、再び歩き始めた。


「何故? 何故今の呪いを受けてさらに動けるの? 常人ならば心が壊れる精神操作系の呪いよ?」


「決まってんだろ!」


 恭司は前進を徐々に早める。


「女の子にカッコイイとこ見せたいからだよ!」


 鈍い音がした。撫壁が、相手の鼻先を打ったのだろう。

 そして、恭司は撫壁を地面に突き立てると、ショートソード二本を作り出して撫壁ごと相手を貫いた。

 血が、地面を濡らした。


「今だ!」


「回復、撤退、いや、殲滅? 駄目だ、盾がある。おのれ。おのれおのれ」


「スナッチャー!」


 私が撫壁を飛び越えてそう叫ぶと、右手が伸びて、相手のハートに備蓄されたデコレーションを全て吸収した。

 まだだ、まだ足りない。


「お願い、スナッチャー! もっと深い階層まで潜らせて!」


「うおおおおおおおお」


 女性は叫び声を上げる。

 その心象風景を、私は見ていた。

 ハーフだからと苛められた女性の子供時代。募る恨み。友達ができても消せないわだかまり。


「冗談じゃないわ……!」


 私は呟くように言う。


「あなた、綺麗だから、笑顔でいれば勝手に友達ができる勝ち組よ」


 女性は憎々しげに顔を歪めたが、すぐに苦笑顔になった。


「それは、顔がいい人間に嫉妬を抱く人種を考慮しない浅はかな発言だよ」


 女性は、言葉を続ける。


「魂は、返す」


 大量の魂が、私の中に入り込んできた。

 私は、掌を高々と掲げ、魂を放出する。

 周囲の人々が、薄っすらと目覚め始めた。


 大波乱の夜は、こうして静けさを取り戻した。



+++



「楓さん!」


 楓を抱きかかえて下りてくる相馬に私は駆け寄る。


「無茶をする」


 相馬が呆れたように言う。


「撫壁が通用しなかったら一瞬でアウトだぞ」


「楓さん、大丈夫?」


 楓は私を見ると、弱々しく親指を立てた。


「いやあ。こんな敵がもし続いたらまいっちゃうね」


「冗談じゃないですよ」


 私は、視線を感じて移動を始める。

 誰かが見ている気がする。

 この視線は、なんなのだろう。

 わからないまま、その日の夜は終わった。


第十九話 完

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