依田真千子
今週は短編二つをワンセットにして一章としようと思います。
真千子は僕こと神楽坂葵の同級生だ。
誰とでも仲が良くどのグループにも溶け込んで、それでいてどのグループにも所属しない。
簡単に言えば器用な変わり者。
赤フレームの眼鏡と、アップにした髪がトレードマークだ。
それが、何故か僕を気に入っているようで、放課後に喋ることが多かった。
過去形だ。
僕は今、バイトに精を出している。
その為、話す日は一日、二日と減っていった。
ある日、放課後の教室で、真千子は言った。
「最近付き合い悪いね」
微笑み顔だが、その奥には苛立ちがある気がした。
サイコメトリー能力者だからか、人の感情の動きには敏感なのだ。
「バイトシフト入ってるし。教会も行かなきゃならないし」
「教会?」
しまった、と思った。
仲の良さから口が滑った。
「キリスト教に改宗したの?」
「いや、そういうわけじゃないんだけど。最近赤ちゃんができたばっかりで大変でね」
「へえー」
真千子はしばし考えた後、言った。
「私も赤ちゃん、見たい」
「へ?」
僕はきっと今、落とし穴にでも落ちたようなとても間抜けな表情をしているだろうなと思った。
そして、僕は気乗りはしなかったが、真千子を連れて教会へと自転車を漕いでいた。
移動に三十分。中々の距離だ。
そして、教会の前で自転車を降り、邪魔にならない場所に置いて施錠する。
真千子も、それに習った。
教会の扉を開ける。
「水月ー、いるかー」
「いるけどちょっとうんちの処理中ー」
奥から声が返ってくる。
これは行かないほうが良さそうだ。
「しばらくここで待とう」
そう言って、礼拝堂の椅子に座る。
「なんか新しい礼拝堂だね」
「一回焼けたからな」
「焼けた? 火事?」
「人災」
淡々と言って、その表現は世間一般的に考えておかしいと気がついた。
「ふうん……」
真千子は考えるに留めるだけだった。
目の下に隈を作った水月がやってきたのは、五分もしないうちだった。
「やあ、葵くん。今日は友達連れ?」
「そんなとこ。相変わらず表情がすぐれないな。無理してるんじゃないか?」
「幸せな苦労だよ。抱っこしてるだけで癒やされてる気分になる」
「私、赤ちゃんが見たいんです」
真千子が、物怖じせずに言う。
柔らかい雰囲気は、初対面を相手にしたそれとは思えない。
水月はその雰囲気にほだされたように微笑む。
「いいわよ。けど、寝たところだから、抱っことかはできないよ」
「いいですよー」
そして、二人が奥に入っていったので、僕も後に続いた。
ベビーベッドでは赤子が寝息を立てている。
青葉。
血縁上は僕の息子。
童貞にして人の親になるとは未来の僕はややこしいことをしてくれるものだ。
「わー、可愛いなあ」
真千子は小声で感嘆の声を上げる。
「暴れん坊よ。将来が楽しみだわ。葵くんが買ってくれたおもちゃをぽいぽい投げちゃうんだから」
「神楽坂がおもちゃを買ってるんですか?」
「私はいいって言ってるんだけどね」
水月は苦笑する。
「ふーん……」
真千子は、少し考え込むような表情になった。
そして、そんな自分に気がついたように、表情を輝かせた。
「私も貢ごうかな。教会の子だからなんか加護がありそう」
「それはないと思うんだけどね」
水月は苦笑する。
「じゃあ、ちょっとお茶にしましょうか。学校の葵くんの話も聞きたいわ」
「いいですよー。私学校では神楽坂の第一人者ですから」
「どういう意味だよ」
「そのままの意味だよ」
そう言って、真千子は悪戯っぽくウインクした。
帰る時、真千子は感情のこもらぬ声で言った。
「バイト代、おもちゃに消えてるの?」
「んーまあ、大体は」
「あの人、旦那さんは?」
「いないよ」
「神楽坂。利用されてない?」
真剣な表情で真千子が言う。
僕は苦笑して躱した。
「色々付き合いがあるんだよ。真千子の思ってるようなことじゃない」
「そっか」
釈然としない。そう言いたげに真千子はしばらく黙っていたが、そのうち自転車に乗って走り始めた。
「じゃあ、明日学校で」
そう言って、片手をひらひらする。
「またなー」
僕もそう言って手を振ると、教会にとって返した。
+++
「すいませんでした」
僕は水月の前で正座をして、頭を下げていた。
「なにが?」
水月は気にした様子もなく鍋をかき混ぜている。
「女の知り合いなんて連れてきて、嫌じゃないかなあと」
水月は滑稽そうに笑った。
「女の子の友達いないほうが心配だよ。葵くんは色々な人と交流して大きくなって欲しい。彼女だって作っていいんだよ」
「そんなことはしない。責任は取る」
「葵くんが深刻に捉えることじゃないんだよ。私と青葉の問題だ」
「けど、青葉は未来の俺だ」
水月は鍋をかき混ぜる手を止めると、柔らかい手で僕の両頬を包んだ。
「葵くん。色々な経験をして、いい男になりなさい。私は気長に待ってるから」
完全に子供扱いされている。
しかし、そうだろう。
この年頃だと三年差四年差でも大きい。
結局、その日は赤ちゃんにミルクを飲ませて帰った。
+++
「かっぐらっざかー」
教室の扉が開く。
皆、一瞬何事かと振り向くが、真千子だとわかって会話に戻った。
「なんだ?」
真千子が近づいてくる。
「いいものあげる」
「いいもの?」
「バイト代より高いものだよ」
「マジか」
そう言って、真千子が差し出したのは、ラミネート加工されたチケットのようなものだった。
表面には、ドリームチケット、と書いてある。
「これを枕の下に置いて一晩寝てみなよ。面白いことが起こるから」
「面白いこと、ねえ……」
僕はチケットを掲げて眺める。
そして、僅かに硬直した。
このチケット、どこかとソウルリンクが繋がっている。
「じゃね」
そう言って、真千子は自分の教室に戻っていった。
念のため、これが普通に出回っているものなのか確認する。
ドリームチケット。
そうオークションサイトで調べると、五桁の額がついていた。
「……そんな高いチケット送ってくるなんて、あいつは何者だよ」
僕はぼやくようにそう言っていた。
なんにせよ、夜寝る時だ。その瞬間を、少し恐れ、しかしそれを超える好奇心に満たされて、僕は待った。
第一話 完
次回『ドリームチケット』




