後日談
「最後までいれたね」
そう言って、教会の前で出迎えてくれた水月は少し寂しげに微笑んだ。
「本当は、もっと傍についていてあげたい。けど、時間ももうそんなにないみたいだ」
青葉はそう言って、水月を抱きしめる。
「未来で待ってるよ」
「子供と、ゆるゆる進んでいくわ」
「ああ。強い子に育ててくれ」
そう言うと、青葉は気配を察知して、水月を離した。
背後には葵がいる。
今のシーンを見られたか。なら、もう明かすしかあるまい。
青葉は、サングラスを取った。
葵は唖然とした表情をした後、脱力したように苦笑した。
「後を、頼んだ」
それが、青葉がこの世界に残した言葉だった。
サングラスが、地面に落ちた。
+++
「まったく窮屈でかなわんかったわ」
病室での島津老の第一声がそれだった。
「すいません。僕は、あなたの息子の仇ということになります」
そう言って、アラタと響は頭を下げる。
「いや。よくやってくれた。君達は、世界を守ったのだ」
そう、島津老は寂しげに言った。
「今度、道場にこんかね」
島津老は、そんなことを言う。
アラタは戸惑った。
「僕には自分の剣の型があるから、習うことはできないと思いますが」
「勝負じゃよ」
そう、島津老は悪戯っぽく微笑んだ。
アラタは言葉を失う。
「老いたワシにあわせた島津流剣術はお主に通用せんかった。体と経験に不一致があった。なら、ワシ自身が戦えばどうなるかな」
アラタは苦笑した。
「島津さんは長生きしますよ。多分ね」
「おうよ、百まで生きる気だ」
島津老の笑い声が部屋に響き渡った。
+++
「アメリカの調査結果によると、施設の存在は確認できたが、そこには誰一人いなかったそうよ」
「そうですか……」
超越者対策室の楓の席で、私は報告を聞いていた。
「なんとも灰色の解決だわね」
「けど、私はもう、ゲートを開こうとする人なんていないと思うんですよ」
「なんでだい、天衣無縫」
異名で呼ばれて少し気恥ずかしい。
「メリットがないじゃないですか」
「軍需産業は儲かるだろうけれどね」
「あ、そっか……」
「もうこんな事件は当分はいいわ。疲れた。二連続でこれだ」
「そうですね。二度と起こってほしくないです」
楓も私も苦笑交じりに言う。
「エレンちゃんは……」
私の問に、楓は物憂げな表情になった。
「食事も薬もきちんととってる。けど、精神的に沈んでいる。抗うつ剤の投与も考えられてるわ」
「そうですか……」
「けどね。将来の夢もあるらしいわ」
楓の表情が緩んだ。
「どんなですか?」
「自分のように薬で苦しむ人を助けたいって。案外、社会復帰は早いのかもしれない」
「それは、いいことですね」
「あんたはどうだい。一人が二人になって」
「片付けを知らない子なので、みっちり躾けてます」
「一端の母親だね。水月の次はあんたか。私も相手探すかなあ……」
「相馬さんちに行けばいいのでは?」
「冗談」
一笑に付された。
「じゃあ、聞きたいことは聞いたので、私は行きます」
「ああ。今回もご苦労様。ソウルキャッチャー。しばらくは、前の職場に戻っていいよ」
「私は正義のヒーローです」
私は、決意を込めて言う。
「次の事件に備えますよ」
「まあ体力維持は大事だからねえ。そんじゃあね、ソウルキャッチャー」
「はい!」
私は警察署を出て、車に向かった。
それに、駆け寄ってくる人物がいた。
セレナだ。
セレナは私に抱きついてきた。
その頭を撫でる。
「お母さん。話は終わった?」
「うん。エレンちゃんの話も聞いてきたわ。手紙も預かった。おいおい話すね」
「うん」
セレナは微笑んで頷く。
「お母さん、大好きだよ」
こんな風に感情表現が豊かなのが海外風なのだろうか。
そんなことを思いながら、私はセレナに手を引かれながら歩いていった。
夏の日光が、地面を激しく照らすある日だった。
「不思議な感じね。傍にいたら喧嘩ばかりなのに、手紙だともっと話したいと思っちゃう」
車の助手席で、セレナはつぶやいた。
「離れれば寂しくて、近づけば痛くて、か……」
私は、つい呟く。そのフレーズは、最近水月が使っていた言葉。
「案外そういうもんなのかもねえ」
セレナは戸惑うような表情をしたが、手紙に視線を落として微笑んで黙読した。
その姿は、どこにでもいる少女そのものだった。
第十四章 完
今週の更新はここまでになります。




