ヒーローは颯爽と戦地に赴く
「狙撃しとくべきだったな」
相馬が、淡々とした口調で言う。
楓は、歯ぎしりした。
私は目の前の巨大な結界に圧倒されていた。
どんな結界なのか、見当がつかない。
結界の中からは、打撃音のような音が時たましている。
「思うように動けないだろう!」
武豊の叫び声がする。
「この結界は侵入者の認識を狂わす結界。左へ避けたはずが右へ進む。後ろへ進んだはずが左へ進む。隣りにいると思ったら遠くにいる。完全に認識は狂う。
今、君は私の位置すら把握できていないのだ!」
背筋が寒くなった。
そんな結界の中で、範囲攻撃でも放とうものなら、ダメージを受けるのはこちらだ。
「……楓、決断を」
相馬が促す。
楓は、爪を噛んで黙り込んでいた。
私はその時、妙案を思いついていた。
「私が行きます」
「対策はあるの?」
「ええ。私の魂は一つではないから」
「……任せるわ。結界を壊せるアラタくんが内部に囚われている以上、打てる手はない」
「本当に、大丈夫なのか?」
恭司が言う。
「まかせて。多分大丈夫だと思うから」
そう言って、私は恭司に手を振ると、結界の中へと入った。
血の匂いが鼻についた。
アラタはしゃがんで、回復しつつ剣を握っている。
その、右後方からの攻撃を、前方に回転して避けた。
「来たか、天衣無縫! 同士討ちというオチも面白かろうな!」
武豊が嘲笑うように言う。
「じゃあ、頼むわよ。歩美」
そう言うと、私は脱力した。そして、体のコントロールを手放した。
しかし、体は倒れない。
「人使いが荒いったら」
私の口が、勝手に言葉を紡いだ。
そう、今私の体を動かしているのは、浮遊霊の歩美なのだ。
「魂が、入れ替わった……?」
武豊が、戸惑うように動きを止める。
「風……空気。地面の湿気。仄かに滲む汗。そうか、肉体があるってこんな感じなんだ」
そう言って、歩美は地面を何回か蹴ると、駆け出した。
「この認識を狂わせる空間で走り回るとは、愚かなことだな!」
武豊が言う。
しかし、歩美は真っ直ぐに武豊に向かっていた。
武豊の形相が変わる。
「な、何故?」
「私は幽体。自分も他人も魂で認識している。距離が離れたか近づいたか、全部わかるわ」
「ソウルキャッチャー……!」
武豊は空へ逃げようとする。
その腹部へ、歩美は光の剣を叩き込んだ。
武豊の口から血が溢れる。
そして、結界が崩れていった。雲の隙間から光がさす。
「太陽。日光……そうか。これが…人の尊いと思うもの」
歩美はそう呟いて、武豊を地面へと放り捨てた。
「ご苦労様、歩美。後は私がやるわ」
「わかった。外に出られて、楽しかったよ」
歩美はそう言って、引っ込んでいく。
武豊の手から光の腕が伸びる。
私は、それを光の剣で断った。
武豊は腹に光を当てながら剣を構える。
私達は空中で幾重も剣を重ねた。
「何故縛られし弱者の味方たらんとしない! 我々超越者がゲートから来る魔物を退治する上位種になるチャンスなのだぞ!」
「大勢の人々が、今の毎日を望んでいる! あんたの夢はそれを壊すものだ! 許すわけにはいかない!」
「なら、研究材料となっている人々はどうする?」
「……救ってみせる!」
「無理だね。君はアメリカではアウェイだ。何故わからない? 君も、私も、今の社会では弱者だと!」
「けど、アメリカではアメリカで頑張ってる人々がいる! 皆が諦めない限り、私は折れない!」
私の放った炎が武豊の腹に当たる。
その痛みで、集中力が消えたようだ。
武豊は、地面に落下した。
その前に、降りる。
「お互い、出せる策は十分に出した」
「……ああ、そうさな」
武豊は放心したように言う。
「終わりだ」
武豊は、目を閉じた。
エレンの泣き声が、しばらく響いていた。
第十話 完
次回『後日談』




