同胞
「間違いは、ないか?」
夜の道で、スーツの男は隣に立つ少女に訊ねる。
「間違いはないようよ。悲鳴が幾重にも聞こえてきてこっちが気が狂いそう」
少女は投げやりに言う。
二人は、パーカーを着てフードを目深にかぶった男と対峙していた。
フードを目深にかぶった男の目には、赤い光が輝いている。
「多分最初で最後だな。本気をだすのは。この出会いは、予知できていた」
そう言って、フードを目深にかぶった男は構えを取った。
夜の闇を光の線が斬り裂いた。
それは、スーツの男の掌から放たれた光線と、突如現れて周囲に浮遊する鏡が生み出した破壊の印だった。
それを、フードを目深にかぶった男は、避ける、避ける、避ける。
電信柱を蹴り、家の壁を走り、屋根に移動し、避ける続ける。
そして、反転しつつ飛ぶ刹那、掌から気の塊を四度放った。
二人は回避するために一旦攻撃の手を止める。
そして、フードを目深にかぶった男は向かいの屋根に着地する。
半分とはいえ鬼を吸収したせいだろう。尋常な運動神経、スタミナではない。
「あんたらのコンビは確かに県下最強と言えるだろう。けど、詰めが甘かったな」
フードを目深にかぶった男は、そう言って手を掲げた。
周囲の気温が上がる。太陽のように眩しい炎の球体がその場に現れていた。
「あんたらのコンビは、範囲攻撃に弱い」
そう言って、フードを目深にかぶった男は微笑むと、手を下ろした。
炎が落下していく。
しかし、スーツの男も、少女も、無表情だ。
「出番だ」
スーツの男が呟くと、物陰から一人、青年が現れた。
青年が構えると、三人を広く包み込むバリアが現れた。
「ほう」
フードを目深にかぶった男は感心したように言う。
「だが、熱気に勝てるかな。最後は木乃伊というのは興ざめだからやめてくれよ」
ついに、炎がバリア全体を包んだ。バリアの中の温度は、どんどん高くなっていく。
その時、一発の銃声が鳴り響いた。
炎が消える。
フードを目深にかぶった男は、赤い目で周囲を見回す。
暗闇で見えない。
その腹部からは、とめどなく血が溢れ続けている。
「一枚上手、か」
そう呟くと、フードを目深にかぶった男は夜の屋根を駆け始めた。
逃走のために。
+++
「ということがあったわけよ」
夜の居酒屋で、フード付きパーカーを着た男が溜息混じりに言う。パーカーの腹の部分には穴があり、相当量の出血の痕跡がある。
「なるほど。警戒されて辛くなってきた、と」
向かいに座る女性が、言って焼き鳥のももを頬張る。
「そんなとこかね。相手は俺に対策を練ったメンバーを組んでいる。だからそのセオリーを崩してやろうと思ってさ」
「それで私に協力を依頼すると」
「安いもんだろ。お前のは範囲殲滅型だ。ばーっとやってばーっと帰れば終わりだ」
「しかし、あなたは自分が上だと思っているでしょう」
女は意地悪く笑って言う。
二人のハートは、様々な飾りで装飾されておりどれが本体かわからぬほどだ。
ただ、その一番前にある掌のマークが、二人がソウルキャッチャーだということを示している。
「タイマンで戦ったら負けねえ」
「そのタイマンで戦うという手はありますか?」
男は不機嫌な表情で押し黙る。
「地道に超越者を探すより、あなたの集めた分を奪ったほうが早そうだ」
「冗談はよせ」
「……本気ですよ」
耳に痛いような沈黙が漂う。周囲の賑やかな声が遠くに聞こえる。
男と女は、黙って向かい合った。
「なんて、ね」
そう言って、女は視線を逸らす。
「真のモンスターはあなただ。私だってわかっているつもりです」
「……まあ、面倒を押し付けて悪いと思っている」
「いいですよ。ここ、おごりですよね?」
「あー、いいよいいよ、おごりだ」
男は苦笑顔になっている。
交渉は成立した。
ソウルキャッチャー達は暗躍する。
+++
楓は、三枝家と書かれた墓の前で、両手を合わせていた。
その背後に、私は立っていた。
線香の匂いが、周囲には漂っていた。
「英治……あんたのスキル、取り戻せたと思ってたよ。けど、どうしてかな。違うようだ」
そう言って、楓は私を見る。
「ここに眠る魂の断片と、シスターが使っていた炎には、繋がりが感じられません。別人物のスキルだと思ったほうが良いでしょう」
楓は髪の毛をかきあげて、苦笑して墓に視線を戻す。
「だってさ、英治」
返事は、もちろんない。沈黙が、しばしの間周囲に漂った。
「また来るよ、英治。今度はスキルを取り返してから来るよ」
そう言って、楓は歩き始めた。
「その、仲良かったんですか?」
「幼馴染だよ」
淡々と楓が放った言葉が重く胃に伸し掛かる。
楓も、失ったのだ。大事な人間を。
「趣味も似てて気性も似てて、炎と氷の対。双子みたいだっていつも言われてた。だからこそ、許せないんだ」
楓は、珍しく険しい表情で前を向く。
「あいつのスキルが、悪用されていることが」
「協力しますよ」
私は、優しい声で言っていた。
「当然でしょ。あんたが要よ。ソウルキャッチャー」
そう言って、楓は私の胸の中央を軽く叩いた。
第十八話 完
次回『撫壁は立ち続ける』本日投稿予定。




